テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

不易流行を戦略論に活用すべし

『孫子』を読む:虚実篇(6)水の精神と不易流行

田口佳史
東洋思想研究家
情報・テキスト
「虚実篇」の最終話では、「無形」の究極としてその象徴的存在である「水の精神」について学んでいく。そして、この世の中、また物事には「常の状態はない」という話をしながら、不易流行を戦略に活用することを説く。(全6話中第6話)
時間:07:51
収録日:2020/05/21
追加日:2022/02/07
カテゴリー:
タグ:
キーワード:
≪全文≫

●水の精神と臨機応変力


 「夫れ兵の形は水に象<かたど>る」と言って、老子は水というものを「上善は水のごとし」と言っていますが、ここでも同じように、軍隊の形は水のようになっていかなければいけないのです。ここでは、前に自分の形を持たないから相手のどんな形にでも入れるという水の特徴を言いましたが、もう1つの水の特徴は何かというと、「水の形は高きを避けて下きに趨き」というように、水というのは高いところに上っていくことはできません。低いところ、低いところに行きます。では低いところとは何かというと、この戦略論でいえば相手の手薄なところです。手薄なところ、手薄なところへ行くということが「水に象る」ということです。

 さらに「兵の形は実を避けて虚を撃つ」ですが、充実しているところを避けて、空虚なところ、つまり手薄なところへ行くわけです。ですから、水の精神を持っているというのは、常に手薄なところはどこか、敵の防備がしっかりしていないところはどこか、というように、そうしたところに攻めていくということです。

 それから「水は地に因りて流を制し」で、水は土地の形によって流れを決めていきますが、同じように軍隊という組織も敵の状況によって流れを決めていかなければならないわけです。あらかじめ、このように来て、こう攻めてくるなどと言いがちなのですが、ところがそんなものではなく、臨機応変、その場その場でくるくると適時に戦略を変えていかなければいけないということもここで言っているのです。水の精神とはそういうものなのです。

 したがって、「兵は敵に因りて勝を制す」で、敵のあり方をよく読むことで勝ちを得ることができるのです。そして「故に兵は常勢無く」は、軍隊のあり方などというものは、“常の状態”というものはなく、「水に常形無し」というように、水は形がないということとまったく同じです。

 さらに「能く敵に因りて変化し、而して勝を取るモノ、之を神と謂ふ」と言っています。神というのは捉え難いとか、見えにくいとか、そういうもので、いってみれば相手もこういうことを読んで知っているわけですから、無形で来ます。では、相手が無形で来た場合はどうやって戦えばいいのかというと、臨機応変力、これが決め手になるわけです。要するに、戦っているうちに相手の形が無形だということを読み取れるわけです。そこで、こちらはこのように行こう、あのように行こうと、臨機応変、戦略をどんどんぶつけていくことができるのです。 要するに「敵に因りて變化し、而して勝を取るモノ、之を神と謂ふ」ということですから、こちらも見えないものを読み取っていく能力がなければいけないのです。


●不易流行を戦略論に活用することの重要性


 そして「故に五行に常勝無く、四時<しいじ>に常位無く、日に短長有り、月に死生有り」です。「五行に常勝無く」の五行ですが、よく木・火・土・金・水と言います。これは生(相生)を言っているので、相剋していくときの順番は水・火・金・木・土です。並べて書いていくと分かるように、火は水には勝てませんから水・火、そして火が勝つのが金で、金属は火で溶け出しますから火が勝ちます。では、金が勝つのは何かというと木です。金属であるノコギリなどは金です。そして木が勝つのは土です。土を利用して木は生えていくわけです。さらに、土が勝つのが水であり、土木工事などをやって土で水はせき止められます。この水・火・金・木・土というこの五行は常勝がなく、つまりいつも組み合わせてやっていくということで有名です。

 それから「四時」というのは今の四季のことで、日本でも江戸時代は四季を四時と言いました。この「四時に常位無く」は、例えば春夏秋冬は決まっていますが、いつも決まった日から春とか夏とかはありません。ですから、常位がないわけです。日についても、夏は日が長く夜は短いとか、要するに日に短長があります。それから月にも死生があり、夜、月は生きてくるけれど、太陽が出てくると月は見えなくなり死になります。そのように物事には常の態というものはありません。

 この世、この宇宙の間には全く常の状態はないということで、つまり長く見れば不易なのですが、短く見れば変位で、くるくる変わっているということです。一日一日であっても、朝が来て一刻の休みもなくどんどん変わっていきます。あっと言う間に夕方になり夜になります。ところ、昨日はどうでしたか、その前どうでしたかと、1週間単位で考えても、やはり、朝が来て、昼間があって、夜が来ます。今日は夜から始まるなどというようなことはありません。

 不易と...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。