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諧謔精神を育んだ江戸とローマ、現代社会とどこが違うのか

江戸とローマ~諷刺詩と川柳・狂歌(4)庶民文化を楽しむ社会の形成

本村凌二
東京大学名誉教授/文学博士
概要・テキスト
川柳と風刺詩を通して庶民文化を楽しんだ「人口100万人都市」江戸とローマ。どちらも当時、大都市でありながらお互いが無関心ではいられない社会を形成していたという。そこには豊かさゆえのゆとりがあったという面もあるが、彼らの諧謔精神は、時代は違ってもコミュニケーションの方法として興味深いものがある。(全4話中第4話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:10:33
収録日:2021/06/16
追加日:2022/04/04
カテゴリー:
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≪全文≫

●庶民文化を楽しむ社会が江戸とローマに出来上がっていた


本村 諷刺詩の場合はローマ史の中での興味深い変化ということなので、ここでは主題にはしませんが落書きにも痛烈な皮肉や面白おかしさがあります。ローマでは、公職選挙のポスターに当たるようなものが、2000点以上にものぼる大量の落書きとして残っています。

 例えば、ワティアという男を治安委員(アエディリス:aedilis)に推薦するものがあります。アエディリスは一般には「造営委員」と訳されますが、要するに警察的な役割をするものです。それが、「こそ泥仲間がワティアをアエディリスに推薦」となっている。あいつが治安委員になれば、俺たちを大目に見てくれるだろうという皮肉が込められているわけです。

 それが、本当にこそ泥仲間による推薦なのか、あるいは反ワティア派が「こそ泥仲間が推薦しているぞ」という形で出したのか。そのあたりは別として、そういう諷刺がローマの落書きの中に出てくるわけです。こういうものが大々的に出てくるところ、江戸における川柳や狂歌の話と非常に通じるものがあるのではないかと思います。

 あえてまとめると、人口100万人の大都市ということがあります。ローマ帝国全体は別として、江戸とローマという範囲で見れば、ちょうど同じぐらいの人口100万の都市ができていました。現代社会ではマンションに住んでいると、隣に誰が住んでいるのかもよく知らないことがあり得ますが、江戸とローマは大都市でありながらお互いが無関心ではいられない社会でした。

 江戸の場合も、尻をつねる女性は見ず知らずではなく、どこかで面識があったりして、お互いに無関心ではいられない。そういう人たちに向けて書いたり、いろいろなやりとりが行われたりしていました。

 そういう社会だから、諧謔の批判精神が非常に円熟し、爛熟していきました。本当に新しい川柳や諷刺詩を生み出し、それをみんなが盛んに楽しむ雰囲気です。詩歌の一つの様式が磨かれ、広く庶民が楽しむような社会が江戸とローマには出来上がっていたのではないかと思います。


●競い合い、楽しみ合う層の底上げ


―― 例えば、政権批判ということで日本でも有名なのが「白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき」という狂歌です。これは、田沼意次が賄賂政治で失脚した後、松平定信が権力についたが、あまりにも清すぎて魚が住...
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