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諷刺精神に富んだパックス・ロマーナ、悲劇より喜劇が人気

江戸とローマ~諷刺詩と川柳・狂歌(1)諧謔精神の爛熟

本村凌二
東京大学名誉教授/文学博士
情報・テキスト
ホラティウス(古代ローマの諷刺詩人)
出典:Wikimedia Commons
古代ローマと江戸を比較するうえで、社会のゆとりは欠かせない。200年以上続いた江戸の平和は、ほぼ同じぐらい続いた「パックス・ロマーナ」に匹敵し、庶民にも生活文化を楽しむ心が磨かれていった。両者に共通するのは、物事に真正面から取り組むのでなく、斜めや裏から見ようとする諧謔精神である。(全4話中第1話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:11:39
収録日:2021/06/16
追加日:2022/03/14
≪全文≫

●諷刺と諧謔精神が横溢した江戸とローマ


――皆様、こんにちは。

本村 こんにちは。

――本日は本村凌二先生に「江戸とローマ」のお話をいただきたいと思っています。今回は「諧謔精神の爛熟」というテーマでお話をいただきたいと思っておりますが、日本の場合の諧謔精神は、江戸では川柳や狂歌などということになるのでしょうか。先生はどういうイメージでいらっしゃいますか。

本村 ええ、そうですね。もちろんその前提には、さかのぼれば『万葉集』、あるいは『古今和歌集』といった歌の伝統があり、江戸の前頃から俳諧が生まれてくるという流れがあります。それらを取り込みつつ、俳句での(決まりである)「季語」などにとらわれず、世の中を皮肉に見たり、面白がったりする。そういう“ゆとり”が社会に出てきたのが大きな特徴ではないかと思うのです。

 よく江戸の文化は日本の国風文化が極めて十全かつ純粋な形で出来上がった時代であると言われています。その中でも、『万葉集』から続く日本の詩歌の伝統がとうとう庶民レベルにまで届いたこと、しかも世の中を少し斜めに見たりするほどの余裕を持つ域まで達したということ。その意味では、やはり日本国風文化がちょうど頂点の域に至ったといっていいのではないかと思います。

 それと同じようなことがローマでも起こっています。諷刺詩ですが、諷刺というのは(ラテン語で)" saturae"と言い、英語では"satire"です。" saturae"ができてくるのは、ローマの帝政期になってからのことです。

 それまでもまったくないわけではないけれども、ホラティウスやマルティアリス、ユウェナリスなどの詩人たちが活躍するようになってからです。彼らは非常に教養のある詩人たちですが、皆が彼らの作品を踏まえて、あるいは朗読会などを聞いて楽しむようになります。


●パックス・ロマーナの諷刺精神を伝えるポンペイの落書き


本村 さらに、これはローマに特有というわけではないですが、特にポンペイなどの遺跡の中にはたくさんの落書きが残っています。そうなると本当に庶民レベルで諷刺や悪口など、なんと呼んでもいいのですが、そういうことを書いて喜ぶ精神、諧謔や皮肉が生まれてくる。あるいは面白おかしく世の中を見る。そのぐらいローマ帝政期、すなわち「パックス・ロマーナ」の世の中にはゆとりというものがあったのです。

 ローマの諷刺詩人という教養ある人たちもそうですが、それだけではなく、諷刺の精神をもろに落書きの中に書き記したことでも分かります。

 実はローマ人は、学芸全般に関してギリシア人に非常に強いコンプレックスを持っています。政治的・軍事的にはローマは非常に高みまで行き、帝政期になるとギリシアもローマの服属下におかれますが、例えば医者などの身分はほとんどギリシア人が占めました。ローマ時代の最も有名な医者はガレノスという人ですが、やはりギリシア人で、ローマの皇帝一族の面倒を見ました。彼の残した膨大な著作は、全てギリシア語で書かれています。

 そのようにギリシア人はローマではいわば先生格に当たるわけで、共和政の後半からずっと、いろいろなものをローマに教えました。帝政期になっても、ギリシア人の恩恵に与っていたのがローマ人です。そのため、学芸全般でギリシア人には負けるという意識をローマ人は根強く持っていました。ただ、こと諷刺詩に関してだけは、ここで初めて自分たちがオリジナリティの高い文芸のジャンルをつくったことを彼らも誇りにしているわけです。

 これはやはりパックス・ロマーナで時代が豊かになり、世の中をただ真正面から大上段に見るのではなく、ちょっと違う角度から見るという姿勢が出てきたからです。これは、川柳や狂歌が生まれた江戸時代の、余裕ができた時代と意外なほど似通っているのではないかと思っています。これは、江戸とローマを考える場合、比較するに値する非常に面白い面ではないかと思います。


●喜劇と悲劇に見るギリシアとローマの違い


―― 今、本村先生から諷刺詩がローマの、自分たちがつくりあげたものだという誇りだったというお話をいただきました。以前、先生にお話しいただいた江戸とローマの講義、「都市におけるエンタテイメント」の回でも、ギリシアの場合は演劇が大切にされたという話でした。ギリシアではギリシア悲劇といわれるものと、あとはいわゆる喜劇の伝統もあったかと思います。ローマの諷刺詩というものは、こうしたギリシア的な喜劇の伝統とはまったく違う形でつくられていくことになるのでしょうか。

本村 ギリシアの場合はアリストファネスという喜劇詩人がいて、その人の詩などは確かにちょっとギリシアの世界を皮肉っているようなところがあ...
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