●金利上昇で市場調整の波が広がる
今後の経済のリスクの所在、そして、そうしたリスクが実質経済成長にどのような経路で影響を与えるのかについてお話をします。
図の左上の2つ、パンデミックがさらに蔓延するのか、そしてウクライナ戦争はいつまで続くのか、あるいは他の地政学的リスクが顕在化するのかという問題があります。パンデミックが収まらないと、生産に支障をきたし供給が制約されます。また、活動が制限される中で貯蓄が高まり、買い控えていた消費者が、買い控えを終えて一気に消費に走るペントアップ需要の増加が見られ需給のバランスが崩れ、インフレ圧力になります。
次に、ウクライナ戦争や他の地政学的リスクの高まりにより、サプライチェーンの分断や再構築の必要性に迫られます。サプライチェーンの分断の中で適材の人材を見つけるために、人件費が高くなる方向に働きます。サプライチェーンの再構築は日本でもその必要性に取り組んでいる企業もありますが、時間がかかることですぐに解決できず、サプライチェーンの分断は当面続くことになります。さらに、エネルギー価格や食料価格の高止まりが見られることになり、これもインフレ圧力になります。
こうしてインフレが進むと当然金融政策が対応し、短期金利とともに長期金利も上昇する可能性が高くなります。そうすると、国・企業の債務が増大します。金利負担に耐えきれず、債務の持続可能性に問題が出てくる国が増え、債務問題もこれからより顕在化するおそれがあります。金利が高くなりますから、利益を生んでいない生産性の低いゾンビ化(Zombification)した企業等は返済に困難をきたします。
これらの企業が債務不履行になり、返済ができない状態、つまりインソルベンシーに陥り、そうした企業の数が増えますと金融機関側は償却せざるを得なくなり、自己資本が毀損します。そうした資本の毀損に耐え得るのか、金融システムの強靭性が問われることになります。この点、リーマン・ショック後、金融機関の自己資本は充実しているので、いまのところ金融機関サイドの懸念はありませんが、どのくらいのサイズで不良債権が増加するか注意する必要があります。
さらにインフレが進み金利が上昇すると、金融資本市場、並びに住宅市場も大きな影響を受け、価格の調整、いわゆるリプライシングが行われる可能性があります。市場の調整、特に米国を中心に先進国の調整が新興国に波及する、いわゆるスピルオーバーが起こることはこれまでも多くの例があります。
そして市場の調整が行われるその自国内においても、負の資産効果が表面化すると個人消費等に影響が出て、経済が停滞する恐れが出てきます。パンデミックやウクライナ戦争、地政学リスクに端を発するインフレは、それだけで実質成長率に影響を及ぼすだけでなく、金融機関の健全性や金融資本市場を通じて実質経済成長に影響を及ぼす、というのが前掲の図の意味するところです。
●インフレの根を絶つ政策とは何か
次の主要国の金融政策の図表を横目で見ながら、具体的にアメリカを例に取りインフレの動向を説明していきましょう。アメリカでは2022年6月には食料が前年比10パーセント、エネルギー価格は前年比40パーセント上昇するという事態になりました。2022年10月には食料は依然として前年比10.9パーセント、エネルギー価格については前年比17.9パーセントと、6月頃に比べれば上昇率は下がりましたが、まだまだ高い状況です。
インフレ率全体は、アメリカは6月の9.1パーセントから下がったものの、10月は7.7パーセントとなりました。ちなみにドイツは、1950年以来最も高い11.6パーセントとなっています。日本はというと、40年ぶりの3.6パーセントという水準ながら世界的に見れば低い水準に収まっています。
さて、ここに「インフレ(期待)の増進」と書いてあるところを見てください。インフレが進みますと、それだけで実質成長率を低くする負の効果がありますが、括弧書きを含めた「インフレ期待」という、将来の予想に働きかけることになると、インフレはそう簡単に収まりません。
アメリカのパウエルFRB議長やECBのラガルド総裁が強調するのは、インフレの根を絶つことの重要さです。この点について、1970年代のアメリカがインフレとの戦いの中で、インフレが鈍化すると見えた時に手を緩めてインフレが再燃したという反省があります。金利の引き上げが急でその幅も大きく見えても手を緩めそうにないのは、こうした過去の反省に基づいているとIMFの担当者から聞きました。
FRBはウクライナ戦争勃発直後の2022年3月にゼロ金利政策を解除する方向性を示した上で、3月の0.25パーセントの引き上げを...