●簡単には「ハイパー・インフレーション」にはならないが
―― 先生、よろしくお願いいたします。
柳川 よろしくお願いします。
―― まずお聞きしたいのですが、おそらく幕末のときは、かなりの激しいインフレーションが起こって、(幕府の)体制が変わっていきました。1850年を100とすると、1865年に200までいきます。ちょうど物価が2倍になるのです。それは金銀比率の問題とか、黒船が来たあと疫病があったり、地震があったりしながらも、2倍くらいまではもっていたのです。
しかし、そこからわずか3年で、1869年になると、金で見たときは600で6倍になりました。それから、銀で見たときは800で8倍です。これで体制はメシが食えなくなって、もたなくなったという感じの話が1つあります。
同時に、1980年代の本当に激しいインフレ(についてです)。そこは、実際、(現在の)経済学者で体験した人がいないので、先生のブラジル体験と引き合わせて、ほとんど可能性がないとはいえ、起こるかもしれない、その「ハイパー・インフレーション」というのはどういうものかということを、少しお話しいただければと思います。
柳川 そうですね。今ご紹介いただきましたように、私は本当にハイパー・インフレーションが激しかったブラジルに子どもの頃におりましたので、そういうものを実体験した数少ない人間で、少なくとも日本人の経済学者では本当にいないのではないかと思います。
単にモノの値段が上がっていくだけだろうという状況ではまったくなくて、相当経済だとか社会のシステムが傷んでいくということです。特に真面目に働いている中間層といわれる人たちが、普通だと貯蓄をして、それで少しずつ資産を貯めていくわけなのですけれども、インフレ調整をして金利をつけてもインフレ率のほうが高いので、貯金をしてしまうとどうしても目減りしてしまうということになってきていました。
だから、中間層がどんどん没落していくということが起きた大きなことです。かつ、経済も相当荒れていくという意味では、やはりあそこまでインフレが高くなってしまうと経済や社会生活が営めなくなります。それがさらに進み、社会不安だったり、場合によっては革命が起きたりするということを考えると、やはりハイパー・インフレーションは怖いものだなというのは実感として感じるところではあります。
今は、インフレが起こるメカニズムなど、幕末の頃とは違って相当分かってはきているので、簡単にはハイパー・インフレーションにはならないだろうとは思います。
ただその一方で、やはりインフレを抑えようとすると、相当社会的なコスト、痛みを伴わなければいけません。今はアメリカだとかヨーロッパの諸国が、ハイパー・インフレーションほどではないですけれども、インフレを抑えようとしてかなり引き締めをしていて、その結果としていろいろなことが起こっています。分かっていても、やるべき処方箋をやろうとすると相当痛みを伴うという意味では、やはりインフレを抑えることの難しさを改めて実感している状況ではあろうと思います。
●インフレを抑える難しさを踏まえた中央銀行の基本姿勢
―― インフレの最初の段階、物価上昇が始まったというとき、どうしても民主主義の政治制度体制の下では遅れますよね。
柳川 そうですね。だから2つの理由があると思っています。1つは、おっしゃるような民主主義の仕組みの中では、なかなか分かっていてもやれることは限られてしまうということです。もう1つは、認識できるのにはある程度ラグがあって、少し時間がかかってしまうということです。そうすると、インフレがだんだん激しくなったと分かってきた頃には手遅れになっているという認識のギャップがあると思います。
後者のほうはいろいろなテクノロジーが発達してくれば、ある程度は改善できると思います。とはいえ、まだ現段階で、リアルタイムで今週のインフレ率とかいうことをきれいに分かるわけではないので、データは遅れて揃ってくるということを見ると、なかなかすぐには対応できないということです。
あとは、結局ものの値段が上がってくると、それに合わせて賃金も上げざるを得なくなります。でも、賃金が上がるということはコストが上がるわけです。その分それが物価に跳ね返ってくるということで、また物価が上がるから賃金が上がり、賃金が上がるから物価が上がるというスパイラルが回ってしまうわけです。
日本の場合は今、それでもってデフレ脱却をしようという形なので、そのスパイラルをうまく利用しようとしているわけなのですけれども、欧米諸国で苦しんでいるのは、そのスパイラルを止めようとすると、ある一時期、相当賃金が下がるか、景気が冷え込むかというようなことをしないと、なかなか止まらないので...