●マクロ政策に必要なそれぞれの社会へのミクロ視点
―― やはり国の成り立ちが違うし、企業の成り立ちが違うし、アメリカはどこまでも途上国部分(がある)というか、南北戦争以来ずっと成長している国ですよね。今も成長しているし、次々にグローバルサウスの人たちが移民として入ってくるし、(以前とは)まるで違う国ですよね。
柳川 そうですね。だから、そういう国の構造のようなことなどをどこまで実際の対応すべき政策の違いとして考えるのかというのも、1つアカデミックには大きなチャレンジではあります。
ものすごく極端な見方からすれば、「どこの国でも必要な政策は変わらないのだ。ある意味で物理法則と同じように、金融政策はこうやればこう効くものだ。その国の文化とか制度とかというのはあまり関係ないのだ」という見方が1つあります。わりと教科書的にはそういう話を基本原則として最初に教えるわけです。
―― 基本原則ですね。
柳川 はい。ところが、細かい実際の政策を見ていこうとすると、やはりその国の制度だとか、法律だとか、あるいは場合によっては文化的な環境というものが政策のインパクトの与え方に相当違いをもたらしているというのは、多分に個人的な意見が強いかもしれませんけれども、やはり実感するところではあります。
―― なるほど。
柳川 なので、そういうところに深く入っていって、実際の日本の社会がどういうメカニズムで動いているかということを細かく見ていかないと、マクロ政策も効き方が相当変わってくるし、取るべき政策もだいぶ変わってくるのではないかと思います。
―― これは、医者でいうと、遺伝子のゲノムを解析して、その解析したゲノム、持っている遺伝子情報によって、(例えば)どこが糖尿病になりやすい体質なのか、脳梗塞が来やすいのか、それから薬の効き方とか、全部違っている(ということですね)。先生が以前おっしゃられていた歴史学も、データの検証による今までと違う歴史のページが開かれ始めたということですが、それと同じようなことなのでしょうか。
柳川 そうですね。おっしゃるように、歴史学はかなり過去の実際に起こったことをデータで見えるようになってきたので、そうすると文献から推測していたものと全然違う情報が手に入ってくるということで、1つ(いえること)は新しい情報が手に入るようになったということです。
●細かなエビデンスで個別の処方箋を提示する
柳川 もう1つ、おっしゃるようなゲノムの話について、結局、実は1人ひとり持っている遺伝子とかゲノムによって、病気のなりやすさとかが違うということだとすると、それぞれのミクロレベルによって取るべき処方箋がだいぶ違ってくるのだということが分かってきました。あるいは、そういう情報を使って処方箋を組み立てられるようになってきました。昔は分からなかったので、なんとなく全体で(例えば)100人からすると60人とか70人にはこういう薬が効いたから、では基本的にみんなにこの薬を投与しましょう、というようにやるしかなかったわけなのです。
でも、この30人だったり、あるいは別の1人、2人は違う薬のほうがいいかもしれないということが分かってくるとすれば、マクロ的な平均値でこれが効いたからといって、みんなにその平均値的な処方箋を投与するのではなくて、細かく、1人ひとりに合った、あるいは場合によると同じ人でも環境の状況によっては違う薬を投与するということができるようになってくるということです。
同じようなことがおそらく経済にもいえて、細かいデータが分かってきて、産業ごと、あるいは地域ごとで状況は違うとすれば、当然処方箋は違うはずで、そのために取り得る政策というのも違ってくるのだということがロジカルには分かってきたのです。ただ、そこまで細かいデータが取れるかとか、その細かいデータに応じて政策をどうやっていったらいいかというのは、まだまだこれからのところではあると思います。
―― 国ごとの経済学者(でも)、その中の人でオリジナルなその国の歴史とか体制といったことをよく分かっているような人が、その国の経済の分析をしなければいけないというような感じになってくるのでしょうね。
柳川 そうですね。今、EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)ということで、エビデンスに基づいてポリシーを考えていこうという話がずいぶん出てきました。それは今おっしゃったような発想です。それぞれの地域なり、それぞれの人、それぞれの産業で実際に何が起こっているのかというのを細かく見て、細かくエビデンスを集めることによって、取るべき処方箋が変わってくるし、見えてくるということです。やはりそういう方向にだんだん進んでいくということなのだと思うのです。