テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

聖徳太子の「和」は議論の重視…中華帝国への独立の気概

聖徳太子「十七条憲法」を読む(1)十七条憲法を学ぶ現代的意義

賴住光子
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部倫理学研究室教授
情報・テキスト
聖徳太子
出典:Wikimedia Commons
「和を以て貴しと為(す)」に始まる聖徳太子の「十七条憲法」。これほど有名で、内容の一部も広く知られている日本古代の文書は他にないのではないだろうか。十七条憲法は日本の道徳、倫理の歴史を考える上で、一つの重要な出発点となる著作だと賴住氏は言う。氏によれば、太子の説く「和」は、現代の「和」が帯びる「忖度」や「空気を読む」という解釈とは随分違うという。実は、聖徳太子の「和」は、「議論をした上で生み出していく共同性」のことなのである。なぜ今、日本人として十七条憲法について考える必要があるのか。当時の歴史的背景や、「十七条憲法は後世に捏造された」という説への反駁(はんばく)、さらに遣隋使の真実なども交えながら、考えていく。(全6話中第1話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:15:17
収録日:2023/08/24
追加日:2023/12/07
カテゴリー:
≪全文≫

●今、聖徳太子の「十七条憲法」を考える意味


―― 皆さま、こんにちは。本日は頼住光子先生に、聖徳太子の十七条憲法について講義をいただきたいと思っています。頼住先生、どうぞよろしくお願いいたします。

賴住 よろしくお願いいたします。

―― 先生には以前、私どもテンミニッツTVで「日本仏教の名僧・名著」という講義シリーズをお話しいただいて、そこでも聖徳太子についてお話をいただきました。その折りに非常に印象深かったのが、聖徳太子といえば一番有名なのが十七条憲法の「和を以て貴つとしと為(す)」であるというところです。

 この「和」は、通常の通俗的解釈では「とにかく、まとまれ」「仲良くすればいいですよ」ということですが、そうではなく「議論を重視していた」と先生は強調されていました。そのあたりも含めて、ぜひ現代的意義、なぜ今日本人として十七条憲法について考える必要があるのかということを、まずお聞きしたいのですが、いかがでしょうか。

賴住 そうですね。十七条憲法というのは、日本の道徳、倫理の歴史を考える上で一つの重要な出発点となる著作だと考えています。内容的にも今おっしゃっていただいたように、「和というのを、議論をした上で生み出していく共同性である」と捉えているところは、現代においても非常に重要であると考えています。

 日本人はとかく和というと「忖度する」とか「空気を読む」というイメージで考えがちですが、もともとはそうではなかったのだと。

―― そこは面白いですよね。

賴住 そうですね。そのことがやはり極めて重要です。世の中に非常にいろいろな矛盾や葛藤が多くなっている今こそ、その中で議論して共同性を生み出していくということの原点をもう一度考えてみる。そういう意味で、聖徳太子の十七条憲法は重要なものではないかと思います。

―― そのような和をどのように考えていたのか。これから和を、われわれとしてどう生かすべきか。そのあたりはまた(シリーズの)後半で、実際に条文を読み解きながら先生に教えていただければと思っています。

賴住 はい。

―― それ以外の面で、この十七条憲法を今、読む意味はどこにあると、先生はお考えでしょうか。

賴住 そうですね。やはり聖徳太子というのは日本という国の骨格というものを、非常に考えていらしたと思われます。当時は中国の隋が勃興して、中央集権的な国家をつくり、どんどん力を増していました。その中で、日本としてはどういう態度を取るのか。

 隋という大きな帝国に臣下として仕える、政治的に従属するという道ももちろんありますが、日本としてはそうではなく、小さいけれども一つの天下(小天下)として、大きな中華帝国に対して独立したあり方を、聖徳太子は選んだのだというあたりです。

 今は、国民国家というものがもう終焉に近づいているというような説もありますが、ただグローバルなものに全部巻き込まれない、その意味でやはり一つの国民国家というものを考えなければいけないという私たちの状況を見ていると、聖徳太子が何をしようとしたのかということをもう一度見直していくことが必要になってくることもあるのではないかと思っています。

―― ありがとうございます。まさに今先生にお話しいただいた部分ですが、この講義では後半で条文のご説明をいただきます。その前に、十七条憲法がどういうもので、どのような国際環境の中でできてきたものなのかということを、ぜひ先生に教えていただければと思っています。


●「十七条憲法が『日本書紀』の時代に捏造された」は定説ではない


―― まず十七条憲法ですけれども、概要ないしあらましとして、そもそもどういうものかという点については、どうなりましょうか。

賴住 辞書的に定義しますと、十七条憲法は聖徳太子が制定したと伝えられている、「日本で初めての成文法」といわれています。また「憲法」といいますが、例えば日本国憲法のような近代の憲法とは違っていて、官人(役人)に対する道徳や心構えというものを説いているといわれています。

 『日本書紀』に「推古紀」という部分があります。その十二年四月の条に、「聖徳太子が十七条憲法を作った」という記事が載っています。「推古紀」の十二年は(西暦)604年にあたります。

―― これは『日本書紀』ということですから、当然国のいわゆる公式の史書、国が公に定めた歴史書ということで、そこに書かれたものであったということも、大きな意味があるわけですね。

賴住 そうですね。ただ、『日本書紀』が書かれた時代と聖徳太子が十七条憲法を書いた時代はかなり離れているため、そこからいろいろな説が出てまいります。本当に飛鳥時代、604年に聖徳太子が書いたのかどうかということで...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。