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仏教を重んじる深い理由…なぜ親鸞は聖徳太子を尊敬したか

聖徳太子「十七条憲法」を読む(4)聖徳太子の思想と日本の独立性

賴住光子
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部倫理学研究室教授
情報・テキスト
聖徳太子
出典:Wikimedia Commons
十七条憲法について、「中国で隋の直前の時代にあたる北朝の文書(六条詔書)を模倣したものではないか」「中国の思想のパッチワークではないか」といった指摘もある。もちろん、似ている部分や取り入れている部分もある。しかし詳細に見ていくと、やはり聖徳太子は内容的に独自のものを打ち出しており、「十七条憲法」の内容は、日本独自のものだという。それは、はたしてどのような点なのだろうか。また、聖徳太子は後世の日本人にも思想的に大きな影響を与えた。たとえば、親鸞も聖徳太子を深く尊敬した1人である。日本仏教の先駆者として聖徳太子が後世に与えた影響とともに解説する。(全6話中第4話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:15:09
収録日:2023/08/24
追加日:2023/12/28
カテゴリー:
≪全文≫

●「十七条憲法」は聖徳太子のオリジナル、中国の類似文書との違い


―― 賴住先生、ここまでいろいろお話しいただいてまいりまして、中国から来た伝来の思想を取り込みつつ日本的にやっていったというのが聖徳太子の特徴だということでした。いろいろな人に言わせると、「これはコピーでしょう」「中国のいろいろな思想をパッチワークしただけではないか」という話もあると思いますが、そういう意見についてはどのように見ておられますか。

賴住 そうですね。やはり単なるコピーではないと考えています。十七条憲法については中国に似たようなものがないわけではなく、例えば中国の北朝の官僚に対する倫理規定というものがいくつか作られています。

―― それは隋の前に当たる時代ですね。

賴住 そうです。隋の前に当たる時代ですが、それと似ているのではないかといわれています。例えば、北周というのが隋の直前の時代にあるのですが、その北周で「六条詔書」というものが作られていて、聖徳太子が作った十七条憲法とかなり似ている。この影響の下にできたのではないかといわれています。

 ただし官僚に対する倫理規定という意味では似ていますが、内容的に見ていくと相当違っている。その意味で、「聖徳太子のオリジナル」であるということもできるのではないかと思います。

 例えば六条詔書の第1条では何をいっているかというと、「心を治むるを先ず」といっています。自分の心の持ち方、自分の内面のあり方を一番最初にいっているわけです。聖徳太子の場合は「和を以て貴しと為(す)」ということで、他者と自分との関係である「和」を最初に言っています。

 同じ倫理規定といっても、聖徳太子の場合は非常にオリジナルなものを打ち出しているといえるかと思います。役人に対する倫理規定という意味では影響を受けていると思いますが、中身については相当オリジナリティが感じられるということができるかと思います。

―― このあたりは、本当に日本の面白いところですね。それこそ和歌のお話などもいろいろな先生にお伺いすると、かなり中国の漢詩の影響を受けて成立しているということもお聞きします。

 それは単に調えるといいますか、分類学的にはそのようにやっているけれども、中身はずっと三十一文字(みそひともじ)、つまり31文字を守り続けているところもあったりする。何かルールのようなものを入れても、そのルール自体を変えていくというのが、この時代、特に日本の意識として強かったように思いますね。

賴住 そうですね。おっしゃるように、形は中国から輸入しても、そこに何を盛るかというときに、やはり日本のオリジナルなものを入れていく。そういったところが日本文化の中にはいろいろある。今おっしゃってくださった短歌や和歌などもそうだと思いますが、いろいろなところでそういうことがあるのではないかと思います。


●中華思想への対抗策としての仏教


―― さらに中国と日本と聖徳太子というところにお話を進めてまいります。先生が冒頭で聖徳太子の大きな意義として、いわゆる日本の独立性、国家としての形を作り、独立性を確立していったのだというお話をいただきましたが、そこについて詳しくお話しいただくと、どうなりますでしょうか。

賴住 そうですね。やはり当時の東アジアの情勢というものを的確に分析し、また日本の立場というものもよく考えて、中国とつき合いつつも取り込まれないという距離感を示した。ある意味で独立した小天下として自分たちはやっていくのだということをはっきりと示している。それが聖徳太子の一つの大きな意義であるということではないかと思います。

 中国に対して朝貢して臣下になるということではなくて、ある意味、対等な存在としてつき合っていくということなのですが、それをするためにはやはり仏教というものが必要だったと思います。

 どういうことかといいますと、例えば儒教は政治のいろいろな技術や秩序、道徳などといった意味では重要ですが、儒教の根幹には中国という国が一番中心にある。周りに異民族がいて、その異民族というのは文化程度が低い。「夷狄」といいますが、周辺の諸民族を自分たちよりも文化の程度の低いものとみなす。そういう考え方が、儒教の中に世界観としてあるわけです。

―― いわゆる「中華思想」ですね。

賴住 そうです、「中華思想」です。その中華思想を全面的に受け入れてしまうと、日本はやはり「東夷」、夷狄、東のエビスということになりますから、やはりその世界観は受け入れない。

 では、どういう世界観になるかというと、そこに仏教が出てくるのだと思います。仏教というのは、先ほど(第1話で)世界宗教・普遍宗教といいましたが、民族や国などと関係なく、その宗教を信じれば誰でも平等に救われるという...
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