キエフ・ルーシのウラジーミル聖公は、国家の統合とビザンツとの関係強化のため、正教を受容・国教化した。カトリックでは教皇の権威・権力が世俗権力を上回ることも多かったが、正教では宗教が政治を支えていく役割を果たしてきた。コンスタンティノープル陥落後、モスクワへ総本山が移り、「第三のローマ」として世界の正教の中心を担う使命感が生まれる。さらに、17世紀のニーコンによる儀礼改革を継承する「儀礼改革派」と、伝統的な儀礼を守ろうとする「古儀式派」とに分かれる。異端とされた古儀式派は各地に潜伏しながらも、後の経済発展やドストエフスキーらの思想に影響を与え、ロシア史に深い足跡を残した。(全10話中第5話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●なぜロシア正教になったのか…「第三のローマ」という意識
―― 続いてロシアにおけるロシア正教ですね。この影響ということでお聞きしたいと思うのですけれど、そもそもロシアにロシア正教が入ってくる経緯はどういうことになるのでしょうか。
上月 これは、キエフ・ルーシは当初、土俗の宗教だったのですけれど、そこでウラジーミルという聖公が国を統一していくため、そしてその当時の世界の中心であるビザンツィン(ビザンツ)と関係を強化するため、それにはやはりキリスト教というか単一宗教を受け入れることが必要だと考えました。
―― 当時ロシアは、そういう土俗宗教も含めていろんな形だったと。
上月 そうですね。土俗宗教で、周りにはいろんな宗教があったわけです。一番(あるものとして)は正教がありました。カトリックもありました。それからユダヤ教もありました。その中でどれを選ぶかということで、これも先ほど申し上げた『原初年代記』に書いてあって、実際にそこまで精緻に(検討)したかどうか分かりませんけれど、ウラジーミル聖公は、いろんなところに人を派遣したり、いろんな人を迎えたりして、それぞれの宗教を調べると。
―― どの宗教がどう良くてどう悪いという話(編注:『プーチンの歴史認識:隠された意図を読み解く』第2章の2「ギリシャ正教の受け入れと国教化」参照)も非常に興味深い話でしたね。
上月 いやいや。実はウラジーミルは、後に聖公、(あるいは)セイントの王様といわれますけれど、当時は相当乱暴な王様だったらしくて、奥さんもたくさんいたと。それでイスラム教の坊さんから「あなた、奥さんは4人まで正式に認められますよ」と聞いて、ウラジーミルはちょっと関心を示すのですけれど、しかし、「お酒は駄目だ」と。ロシア人、ルーシはお酒が好きだから、それはちょっと駄目だろうと断る。
それから、今度はハザールという地域がユダヤ教なので、ユダヤ教の話を聞いてみる。そうすると、「われわれは神に選ばれし民族だ」と、こういうふうにユダヤ人たちは言うのですけれど、ウラジーミルは「どうして神に選ばれた人が世界で散り散りになっているのだ」と(言って)痛いところを突くわけです。そして、カトリックについても「華がない」と。
ところが、コンスタンティノープルに行ってみると、素晴らしい教会があって、「この世にいるか天国にいるか分か...