かつて政治を支える存在であったロシア正教は、ピョートル大帝の改革により聖宗務院制(シノド制)が導入され、世俗権力への従属を深めた。髭税の徴収や教会の鐘を大砲へ鋳造したエピソードは、旧来の価値観を打ち破ろうとしたピョートル大帝の改革姿勢を端的に象徴している。ソ連時代には厳しい宗教弾圧が行われたものの、第二次世界大戦期には国民の精神的支えとして一時的に和解が図られた。第6話では、ピョートル大帝の宗教改革を中心に、こうした弾圧の時代にあって後の指導者プーチンが密かに幼児洗礼を受けていた経緯など、政権と信仰をめぐるドラマティックな変遷と歴史的背景をひも解く。(全10話中第6話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●聖宗務院制と髭税
―― そのような中でございますけれど、国家と正教との関係ということで、今お話の中で、いわゆる宗教がというか「正教が太陽で皇帝が月だ」というお話がありましたが、これがだんだん逆に国家のほうに従属していく流れがその後、強まってくるということなのでしょうか。
上月 そうですね。非常に全体として強まってきて、いわばロシアが作られていく中ではモスクワ公国が力をつけていって、それがロシア帝国の元になっていくのです。
そうすると、モスクワ公国に総主教の総本山が移って、そこで全体として影響が強くなる。これまでは、どちらかというと宗教は政治に役立ってきたのです。例えば、ピョートル大帝のころになりますと、むしろ彼はいろんな改革をしたいと思うわけで、アレクサンドル・ゲルツェンの言葉を使えば、「王座に乗った革命家」といわれます――ゲルツェンは19世紀の(ロシアの)革命家ですけれど――。
そうなってくると、宗教(すなわち)ロシア正教は、ある意味で古い思考や考え方の代表になるわけです、ピョートルからすると。これを自分の影響下に置かなくてはいけないということの中で、彼が制度の改革をしました。その中で作られたのが「聖宗務院制(シノド制)」といわれる制度になります。これによって、いわば宗教の監督をする人は、一つの世俗の大臣の支配下に置かれることになる。これが起きましたので、さらに(国家による)宗教上の支配下に置かれるということが強くなってくるのです。けれど、それでもいろんな形でロシア正教の影響は強いのですけれど。
―― これは、それこそ世界史の教科書などでも有名ですが、ピョートル1世(ピョートル大帝)が貴族の髭(ひげ)に税金をかけたという話がございます。どういう話かなと思っていたら、ロシア正教の場合は「髭を重んじる」ということなのですね。
上月 そうです。ロシア正教のところに行かれると分かりますけれど、僧侶の方たちは髭を剃らないで、(そのまま)残っています。
当時、ピョートルが(皇帝に)なった頃、貴族はみな長い髭を伸ばしていて、それは宗教上の理由だったのですね。だから、ピョートルがその髭に高い税金をかけたのは、宗教に抵抗したということですし、ピョートルはさらに極端なことに――その後、スウェーデンとの戦いで最初に敗れましたから、その後でいろいろやり返すために準備を...