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公用車にも乗らず記帳も個人名で8月15日に参拝

靖国神社の参拝がなぜ問題になるのか(2)「私的」にこだわった三木首相の参拝

若宮啓文
元朝日新聞主筆
情報・テキスト
Wikimedia Commons
元来、国のために戦死した「英霊」を祀る機能を持った靖国神社の国家護持を巡り、戦後も議論が続いている。国会で靖国の国家護持に関する法案が提出されては否決される中、なぜ三木首相は1975年靖国を参拝したのか、かつ「私的参拝」にこだわったのか、その経緯と背景を解説する。
時間:10:09
収録日:2014/01/17
追加日:2014/02/24
ジャンル:
≪全文≫

●「英霊」を祀る神社として長く機能


 靖国神社をめぐる問題は、戦後の日本の政治史や外交史において、非常に長きにわたり懸案とされている、実に古くて新しい問題であり、ここにきてまたクローズアップされたという感じだと思います。

 そもそも靖国神社とはどのような神社で、何がこの参拝で問題になるのかということからお話していきたいと思います。

 靖国神社は、もともと明治維新の後に出来たもので、最初は「招魂社」という名前だったようです。これは明治維新にあたって、徳川幕府が倒れて明治政府ができた後も日本の国内で戦乱があり、その時に新政府をつくる側の侍や兵士が亡くなったのですが、この人たちを悼む施設としてつくられました。ですから、いわゆる賊軍と言って、幕府側についたり新政府に反抗した、例えば西郷隆盛さんや会津の白虎隊といった人たちはここには祀られていないのです。そういう問題はあります。

 しかし、いずれにしても明治政府ができた後は、今度は主として、日清戦争なり日露戦争なり、そのまま太平洋戦争に至る大きな戦争があるわけですけれども、外国との戦争で亡くなった人たちの魂を祀る、これを「英霊」という呼び方をしますが、そのような神社としてずっと機能してきたのです。

 そして、太平洋戦争第二次世界大戦で日本が負け、この神社をどうするかということを占領軍は考えました。普通の神社と違って国家が管理・運営してきた特異な神社であり、それが戦意高揚につながるというような役割を果たしてきたことから、占領軍はこの神社をどうしようかということで、廃止論やつぶしてしまおうという議論もありました。ですが、やはりさすがに宗教施設ですし、亡くなった人の魂を祀るというような所を廃止してしまうと、これはまた問題だというので、一民間の普通の宗教法人として残そうではないかということになり、それが今日に至っているのです。


●国家護持のため「靖国神社法案」提出も断念


 ところが、戦後、特に遺族会などから、もともとこの神社は国家が運営し、兵隊さんたちも亡くなってから「靖国で会おう」というようなことを思い描いて亡くなっていったというようなこともあり、やはり普通の神社とは違うのではないか、これはやはり国家で予算も投じて国家が管理すべきではないか、という要求がかなり出てきました。そして、自民党がその要求を踏まえて国家護持しようと、「靖国神社法案」という法案を1960年代の後半から70年代にかけて作り、何度か国会に提出したのです。

 実は、1974年には自民党の単独強行採決で衆議院を通過したこともありました。しかし、これは参議院で葬られます。というのは、これは相当無理があったのです。新しい憲法では、政治や国家が特定の宗教に肩入れするようなことをしてはいけない、予算を使ってはいけないというような趣旨がきちんと書かれています。これを「政教分離」と言いますが、「政教分離の原則に反する」「憲法違反だ」という議論が当然大きかったのです。

 それで、この法案が衆議院を通過する際には、実は政府が「国家護持するのであれば、宗教色をうんと薄めなければいけない」と、例えば鳥居をなくすとか、あるいは神主さん、神官を置いてはいけないといった政府の見解を出したのです。

 すると、これはこれで、靖国神社を護持しようという方々も、「鳥居がなかったり、神官がいない神社があるのか」ということで、動揺しました。当然もとより難しい法案でしたので、その後はもうこれを断念しようということになったのです。

 その代わり、「国家護持はしないけれども、靖国神社に総理大臣が公式参拝をする」あるいは「天皇陛下や外国からの国賓が参拝するように求めようではないか」ということで、そういう法案を一度つくったこともあります。それが1975年です。


●党内要求を受けて8月15日に三木総理が「私的」参拝


 ところが、当時の三木武夫さんという総理大臣は、「それは少しいかがなものか」ということで、自民党でつくられた法案を国会に出すには至りませんでした。三木さんには党内の突き上げが相当あって、「8月15日の終戦記念日に靖国神社を訪問しろ」という要求が相当高まりました。そこで、先ほど申し上げた法案を提出しない見返りとして、三木さんは8月15日に靖国神社に参拝したのです。

 それまでも、戦後の総理大臣では何人も靖国神社に参拝していました。ただし、それは春や秋の例大祭にお参りするということで、8月15日ではなかったのです。あの神社に祀られているのは太平洋戦争の死者だけではありませんが、8月15日にお参りするというと、あの戦争に限られた参拝ということになります。また、8月15日ということになると、例えば韓国では、独立を果たした「光復節」(コウフクセツ)という記念日にもあ...
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