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19世紀文明の終末を読み誤り、最終的に破綻した日本

戦後100年に向けた日米関係(1)20世紀の歴史に学ぶ

白石隆
公立大学法人熊本県立大学 理事長
情報・テキスト
『[新訳]大転換 市場社会の形成と崩壊』
(カール・ポラニー著、野口 建彦翻訳、栖原 学翻訳、東洋経済新報社)
 
これからの日米関係はいかにあるべきか。戦後100年に当たる2045年の日米関係に対する提言「パシフィック・ビジョン21」の日米政財界有識者会合メンバーでもある政策研究大学院大学(GRIPS)学長・白石隆氏は、20世紀の歴史を直視することが必要だという。近代の日本は、欧米列強の19世紀文明終焉を読み誤り、勢力拡大を仕掛けて失敗した。戦後はアメリカ中心の「自由世界」に編成されたが、東アジア全体で見れば、その編成がうまくいったのは例外的なことだった。(前編)
時間:06:53
収録日:2015/05/19
追加日:2015/07/20
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≪全文≫

●日本は19世紀文明の終末を読み誤った


── 先生、最後に100年単位の日米関係についてお願いします。

白石 これはかなり図式的に申し上げることになりますが、カール・ポランニーという歴史家がいて、この人は、今では古典的名著になっている『大転換』という本を第二次世界大戦中に書いています。彼の議論について、実は間違っていると私は思っているのですが、ただ最初のパラグラフはすごいのです。1940年代にこの本を書いているのですが、その時点で「19世紀文明は終わった」と言うのです。

 19世紀文明とは何かというと、バランス・オブ・パワー(勢力均衡)と金本位制と自由主義国家と市場経済だと彼は言います。国際システムとして見ると、バランス・オブ・パワーという安全保障のゲームと金本位制という通貨システムの上に国際秩序ができており、国内政治で見ると、自由主義国家と市場経済の上にできているのだということです。これが崩れたということです。19世紀文明は、19世紀だけにあったのではなく、ナポレオン戦争が終わった後のだいたい1820年代の末から1830年代にできて、最終的に1945年まで続く戦争で崩れていきます。崩れ始めるのは第一次世界大戦で、まずバランス・オブ・パワーが崩れ、その後、戦間期に金本位制が崩れ、そしてナチズム、ファシズム、コミュニズムが出てくることで自由主義経済が崩れ、市場経済が崩れ、そうして19世紀文明が終わりになるという議論をしています。

 これはものすごくヨーロッパ中心的な見方です。そもそも19世紀文明自体が、今になると古めかしいのですが、そういう頭で日本の歴史を振り返ってみると、まさに日本の近代化は、19世紀文明の一番頂点の時代です。1870年代から1880年代は圧倒的にヨーロッパの列強が強かった時代で、世界中に帝国をつくろうとしていた時に、日本は明治維新で富国強兵を進め、文明国の仲間入りをしようとしていたわけです。まさにこの19世紀文明に入っていき、欧米列強をモデルにしながら国家建設をやったのですね。

 ところが第一次世界大戦以降、この文明が崩れていきます。ヨーロッパでははっきり崩れていきますし、アジアにはナショナリズムが勃興してくるのですが、そういう時代に、日本はある意味遅れて帝国建設のゲームをやり始めるのです。

 日本の朝鮮に対する植民地化や中国への侵略をどう評価するかが議論になっていますが、私自身は、要するに日本は19世紀文明の終末という非常に大きな世界史的な流れを読み誤った結果、遅れた帝国建設を行い、最終的には見事に破綻したと考えます。その意味で、大戦略上の失敗を犯したのだというのが私の見方です。

 そうすると、それは間違ったことをしたということでいいのだろうと思います。重要なことは、謝る・謝らないではありません。二度とそういう間違いをしないようにすることが大事なのです。中国は歴史を直視しろと言っていますが、いま言ったような意味で直視することがまさにわれわれの仕事だろうと私は思っています。


●日本だけ例外的に自由世界に編成された


白石 では、第二次世界大戦後どうなったのか。戦後は二国体制ができるわけですが、その中でアメリカを中心とした仕組みは何だったのか。19世紀文明との比較で考えると分かりやすいのですが、バランス・オブ・パワーではなく、基本的にはアメリカの平和、パックス・アメリカーナなのです。

 また、もともとは金ドル本位制ですが、それはリチャード・ニクソン大統領が1971年につぶしたので、それ以降はドル本位制になります。政治的国内体制は自由民主主義ですね。単なる自由主義ではなくて、自由民主主義国家で市場経済なのです。こういうノーム(規範)でいわば「自由世界」が編成されます。

 ただアジアは、日本だけ例外で、日本は、一応このノームに従っています。一方、韓国、フィリピン、タイ、インドネシアを見ると、確かにパックス・アメリカーナで、ドル本位制の下には置かれますが、国内的には権威主義体制なのです。つまり自由民主主義体制ではないのです。また、市場主義経済といいますが、相当保護主義の強い開発主義の体制でした。

 ところがこれが、冷戦の終わりからアジア経済危機の頃までに崩れていくわけです。そこからまさに、アメリカの平和であり、ドル本位制であり、自由民主主義であり、市場経済という規範がアジアにも広がっていきます。ですから、実は冷戦時代のアジアにおける「自由世界」は、かなりいびつで、世界的なノームから少し逸脱していたのですが、冷戦が終わった後、急速にそれに沿うようになっていったということです。
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