テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.07.06

『哲学しててもいいですか?』に学ぶ、現代社会を変える力

人文社会学を学ぶことの意義は?

 2015年、文部科学省が国立大学の人文社会科学へ「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換」を求めたというニュースを覚えていますか? 競争の進むグローバル社会において、より社会経済が人員を必要とする分野に力を入れ、学生を養育しなさいという改革指導でした。

 ところがこの文部科学省の提言は、「社会的要請の高い分野」という部分を「即戦力」や「高いコストパフォーマンス」という意図で解釈され、ペイバックの望める理系を重視し、文系を軽視したと受け取られる事態に発展しました。「国は文系廃止をするつもりなのでは?」と批難の声があがり、大きな波紋を呼んだのです。文部科学省は「そんな意図はなかった」と火消しのために奔走しましたが、こうした、「人文社会科学を学んでどんな役に立つのか? 必要なのか?」という議論は、度々なされています。

 ではみなさんに問います。「人文社会科学を学ぶことの意義」とは何でしょうか。なかでも、どんな学問なのか、具体的にイメージがしづらいものが「哲学」かもしれません。哲学が社会に出る上でどう役に立つのか、すんなりと答えられる人は少ないでしょう。

 そこで今回紹介したいのが、信州大学人文学部准教授・三谷尚純氏の著書『哲学しててもいいですか?―文系学部不要論へのささやかな反論―』(ナカニシヤ出版)です。

哲学が与えてくれる「箱の外で考える力」

 三谷氏は本書のなかで、哲学を「箱の外で思考する力」としています。ここで述べられている「箱」とは、わたしたちの暮らす現代社会や、現実そのもののことです。そこには、安全なものとして社会からの要求があり、決まっているルールに従って生きる世界があります。

 冒頭で述べた、国立大学の人文社会科学へ「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換」という提言は、社会の求める規範に従った「箱」の中に収まる人物をつくるということだと、三谷氏は語ります。例えば「社会的要請の高い分野」が、英語を話せる人を増やすだとか、就職してすぐに役に立つ技術を学ばせるといったことであるなら、そうした大学は職業訓練校になってしまうということでしょう。実際に、現在の大学では本来の趣旨である「学問をする」という行為よりも、こうした「社会的要請」に答えることが重要視されつつあるといいます。

 それが社会・経済のためになるなら、歓迎すべきと考える人もいるかもしれません。しかし、インターネットが普及し、急速なグローバル化が進んだ今、これまで「良し」とされていた、あるいは「安全」と思われていたものの価値が簡単にゆらぐ時代になっています。つまり、与えられた「箱」のあり方が変わり、「箱の外」に出なくてはいけないときが来ているということです。そうしたとき、「箱の外」を思い描くことをせず、即時的な技能だけを与えられた人間はもろく、変化に対応することがなかなかできないのです。

行き詰まった社会に一石を投じる

「箱の外で思考する力」は、普段起こりえないこと、イレギュラーなことを考えておく訓練にもなり、哲学は、「箱の外」に出てさまざまなことに思いを巡らせることでもあります。また「箱の外」の考えを、内側に取り入れることを、三谷氏は「異邦人の目」を持つことだとしています。

 哲学は、「耳障りであること/不快であること」を理由に理論や理屈を除外するということはしません。三谷氏は、「哲学を実践するものたちには、みずからには異質を感じられる他者の見解をも土俵の上に招き入れるための、開かれた態度と器量が要求される」としています。近年、日本では若者の内向的な態度が問題視され、世界では排外主義の動きが盛んになっています。哲学にとって、こうした内向きの思想や、排他的な行為は、真逆のものといえるでしょう。

 三谷氏は本書のエピローグで、余裕がなく、息苦しい時代になればなるほど、「大義」や「明確でわかりやすい答え」から距離をとることが難しくなっていくとしています。たしかに、今の日本は格差や貧困、近隣諸国との政治的な困難など、多くの問題が複雑に絡み合い、次第に息苦しさが増していくとともに、「右か左か、黒か白か」といったわかりやすい答えが求められ、それに流される人も少なくないでしょう。こうして状況が行き詰まると、「誰も反論できない正論」を踏み絵のように突きつける場面が増えるのではと、三谷氏はいいます。

 そして、エピローグの最後にはこう綴られています。

 「箱の外に出て思考し、異邦人の目をもって時代に対峙する哲学の声がその役割を発揮すべく期待されるのは、まさしくこのような状況においてなのではないだろうか」

 誰もが行き詰まり、選択肢を見失ったときこそ、「社会的要請」とは別の学問、つまり哲学の出番といえるのではないでしょうか。

<参考文献>
『哲学しててもいいですか?―文系学部不要論へのささやかな反論―』(三谷尚純著、ナカニシヤ出版)
http://www.nakanishiya.co.jp/book/b281524.html

<関連サイト>
三谷尚澄氏のブログ
http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/arts/prof/mitani_1/blog.php

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

5つの産業で「資源自給・人財成長・住民出資」国家を実現

5つの産業で「資源自給・人財成長・住民出資」国家を実現

産業イニシアティブでつくるプラチナ社会(1)「プラチナ社会」構想と2050年問題

温暖化やエネルギー問題など、地球環境の持続可能性をめぐる議論はその緊急性が増している。そのような状況で日本はどのような社会を目指すべきなのか。モノの所有ではなく幸せを求める、持続可能な「プラチナ社会」の構想につ...
収録日:2025/04/21
追加日:2025/10/22
小宮山宏
東京大学第28代総長 株式会社三菱総合研究所 理事長 テンミニッツ・アカデミー座長
2

台湾でクーデターは起きるのか?想定シナリオとその可能性

台湾でクーデターは起きるのか?想定シナリオとその可能性

クーデターの条件~台湾を事例に考える(1)クーデターとは何か

サヘル地域をはじめとして、近年、世界各地で多発しているクーデター。その背景や、クーデターとはそもそもどのような政治行為なのかを掘り下げることで国際政治を捉え直す本シリーズ。まず、未来の“if”として台湾でのクーデタ...
収録日:2025/07/23
追加日:2025/10/04
上杉勇司
早稲田大学国際教養学部・国際コミュニケーション研究科教授 沖縄平和協力センター副理事長
3

実は「コンテンツ世界収益ベストテン」に日本勢が5つも!

実は「コンテンツ世界収益ベストテン」に日本勢が5つも!

エンタテインメントビジネスと人的資本経営(2)日本人が知らない世界エンタメ市場

「エンタテインメントビジネス」とは何か。例えば日本では、株式欄での業種区分に「エンタテインメント」はない。そもそも日本は、経済産業としてエンタテインメントを理解していない。あえて定義するなら「コンテンツによって...
収録日:2025/05/08
追加日:2025/10/21
水野道訓
元ソニー・ミュージックエンタテインメント代表取締役CEO
4

なぜ算数が苦手な子どもが多いのか?学力喪失の真相に迫る

なぜ算数が苦手な子どもが多いのか?学力喪失の真相に迫る

学力喪失の危機~言語習得と理解の本質(1)数が理解できない子どもたち

たかが「1」、されど「1」――今、数の意味が理解できない子どもがたくさんいるという。そもそも私たちは、「1」という概念を、いつ、どのように理解していったのか。あらためて考え出すと不思議な、言葉という抽象概念の習得プロ...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/10/06
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授
5

『人間にとって教養とはなにか』に学ぶ教養と本の関係

『人間にとって教養とはなにか』に学ぶ教養と本の関係

今こそ問うべき「人間にとっての教養」(1)なぜ本を読むことが教養なのか

人は皆、他者との関わりの中で生きているが、その関わりは特定の範囲内で成立している。しかし、グローバル化が進んだ現代において、自分の日常生活の外にある「世界」はこれまで以上に広く、深くなっている。そのような広い世...
収録日:2021/03/25
追加日:2021/04/29
橋爪大三郎
社会学者 東京科学大学名誉教授 大学院大学至善館教授