社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.11.18

なぜ日本の家電メーカーは凋落してしまったのか?

 重電・重工業界の復活の兆しとは裏腹に、依然として日本のコンシューマー・エレクトロニクス産業に元気がありません。かつての業界大手、東芝はいまだ不本意な形で新聞紙面をにぎわせていますし、パナソニック、シャープ、ソニーといった優良企業も苦境から復活への調整を余儀なくされている状態です。このような家電メーカーの凋落の要因を、株式会社三菱ケミカルホールディングス取締役会長・小林善光氏に伺いました。

家電メーカー凋落の要因-二大外圧・為替と法人税

 まず、小林氏は大きな外圧要因として為替と法人税を挙げます。小林氏は、為替による大幅な収益変化をボクシングの強烈パンチにたとえます。一度ダメージを受けてしまえば、死に体になってからいくら為替が好転しても、企業の回復力はたかがしれているということです。この打撃を真正面から受けてしまったのが家電業界でした。

 さらに日本の高い法人税も問題です。法人実行税率が40パーセント近かった頃と比べれば30パーセント前後にまで下がったものの、それでも10~20パーセントの韓国と比べると大分差があります。せっかく出した利益を次の研究開発に回せるか、国に吸い上げられてしまうのかの違いは大きい、と小林氏は実感をもって語ります。

業界自体が抱える要因-デジタル化、モジュール化の波

 しかし、むしろ根が深いのは業界自体が抱える要因です。これらの要因としては、製造のみに注力し、販売を管理下においてこなかったこと、同業他社の林立で過当競争になったことなどがありますが、小林氏が大きな要因として挙げるのが、デジタル化が進んだことによるモジュール化です。すなわち、部品さえ手に入れば、モジュール化により誰でも組み立てることができるため、どこででも同じような製品を作ることができる状態となってしまったのです。

 よく、「小さな町工場で熟練の職工が指先の感覚一つで、製品の勘所を仕上げる。この技術は誰にも、ましてや機械では真似できない」などという話を聞きますが、勘所は手作業でといったことは、大量の工場生産ではなかなかできないこと。ましてや、デジタル化により、勘所も仕組みもすべてがフルオープン状態になってしまったので、特許や知的財産権への意識が低い企業がまねをし出したら、メーカーはひとたまりもありません。

「モノからコトへ」に乗り遅れた家電業界

 次に小林氏が要因として挙げるのは、ICT(情報技術)の発展に家電業界が乗り遅れたことです。家電製品といえども、今やその技術や製品自体はサブの部材・部品に位置づけられ、メインはソフトウェアとその使い方にあります。液晶テレビは薄さや画像の美しさを競う「機械」というよりも、双方向通信可能なコミュニケ―ションツールととらえる。このような「モノからコトへ」のマインドの切り替えが、なまじ技術大国の自信と誇りがあったがため、遅れてしまったということでしょう。

 こうした外圧、内圧が、グローバル化による強烈なスピードのなかで、同時期に幾重にも重なったことで、日本の家電メーカーに打撃をもたらしたと小林氏は語ります。

IoTを突破口に!

 このような家電業界の窮状の突破口の一つとされるのが、近年加速しつつあるIoT(モノのインターネット)です。たとえば、キッチン家電では、使いたい食材や体質、健康状態、調理時間などを伝えると、専門の栄養士が作成したクラウド上のメニューリストからレシピを選んで提案してくれるという、至れり尽くせりのオーブンが実用化されています。インターネットを通じた高齢者の見守り機能を搭載した家電も開発されたり、スマートスピーカーで使い勝手を向上させる工夫もどんどん出てきました。

 消費者もメーカーも「家電」に対するイメージをしなやかに進化させ、新たなコンシューマー・エレクトロニクスの世界が広がっていくことに期待したいところです。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
“社会人学習”できていますか? 『テンミニッツTV』 なら手軽に始められます。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

なぜ空海が現代社会に重要か――新しい社会の創造のために

なぜ空海が現代社会に重要か――新しい社会の創造のために

エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(1)サイバー・フィジカル融合と心身一如

現代社会にとって空海の思想がいかに重要か。AIが仕事の仕組みを変え、超高齢社会が医療の仕組みを変え、高度化する情報・通信ネットワークが生活の仕組みを変えたが、それらによって急激な変化を遂げた現代社会に将来不安が増...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/12
2

布団に入る何分前がいい?入眠しやすいお風呂の入り方

布団に入る何分前がいい?入眠しやすいお風呂の入り方

熟睡できる環境・習慣とは(3)睡眠にいい環境とお風呂の入り方

眠る環境は各家庭の状況や個人の好みによって大きく異なるが、一般的に「良い睡眠」のために望ましい環境はどのようなものだろうか。布団や枕などの寝具、エアコンなどの室温コントロールを含めた寝室の環境、また寝つきの良く...
収録日:2025/03/05
追加日:2025/12/07
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
3

世界は音楽と数学であふれている…歴史が物語る密接な関係

世界は音楽と数学であふれている…歴史が物語る密接な関係

数学と音楽の不思議な関係(1)だれもがみんな数学者で音楽家

数学も音楽も生きていることそのもの。そこに正解はなく、だれもがみんな数学者で音楽家である。これが中島さち子氏の持論だが、この考え方には古代ギリシア以来、西洋で発達したリベラルアーツが投影されている。この信念に基...
収録日:2025/04/16
追加日:2025/08/28
中島さち子
ジャズピアニスト 数学研究者 STEAM 教育者 メディアアーティスト
4

なぜ算数が苦手な子どもが多いのか?学力喪失の真相に迫る

なぜ算数が苦手な子どもが多いのか?学力喪失の真相に迫る

学力喪失の危機~言語習得と理解の本質(1)数が理解できない子どもたち

たかが「1」、されど「1」――今、数の意味が理解できない子どもがたくさんいるという。そもそも私たちは、「1」という概念を、いつ、どのように理解していったのか。あらためて考え出すと不思議な、言葉という抽象概念の習得プロ...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/10/06
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授
5

『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏のすごさ…波へのこだわり

『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏のすごさ…波へのこだわり

葛飾北斎と応為~その生涯と作品(2)『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏への道

役者絵からキャリアを始め、西洋の画法を取り入れながら読本の挿絵を大ヒットさせた葛飾北斎。その後、北斎が描いていった『北斎漫画』や浮世絵などの数々は、海外に衝撃を与えてファンを広げるほどのものになっていく。60代は...
収録日:2025/10/29
追加日:2025/12/06
堀口茉純
歴史作家 江戸風俗研究家