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ハチ公が渋谷駅に来ていた本当の理由とは
忠犬ハチ公と飼い主・上野英三郎
日本中で、いえ、世界中で最も有名な犬・忠犬ハチ公。帰らぬ主人を出迎えるために渋谷駅に通い続けたという逸話は、多くの人々の感動をよび、ハリウッド映画にもなりました。しかし、東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏が指摘するように、飼い犬のハチほどには、飼い主のことは知られていません。ハチの飼い主は上野英三郎(1872~1925)という東京大学農学部で農業土木を専門とする教授でした。日本の農業土木、農業工学の草分け的存在です。普段は、東大の駒場キャンパスで講義をしたり研究を行っており、渋谷にほど近い自宅から研究室まで徒歩で通っていました。
当時は農業土木学の専門技術者がほとんどいない状態で、政府からの要請もあり、講演や技術指導で出張することも多かったそうです。帰路はいつも電車で戻ってきて渋谷駅で降りる、というのがいつものパターンでした。
上野氏と生活を共にする中で、ハチは、数日間主人の姿が見えないと「渋谷駅に行けば、帰ってくる主人に会える」と学習したのでしょう。いつしか、出張時は渋谷に通ってそのうち帰ってくるであろう主人を待つようになったのです。ハチは、上野氏に対する愛情が深いだけでなく、賢い犬だったのですね。
ちなみに、2015年に東大の農学部キャンパス(東京都文京区本郷)に上野博士とハチの銅像が造られたのですが、これは出張から帰ってきた上野氏をハチが迎えているところを再現したそうで、上野氏の足元にはカバンが置かれています。主人との再会を喜んで飛びついてくるハチを、上野氏もちゃんと荷物を置いて受けとめてやっているのです。
ハチが渋谷駅に通い続けた理由は「焼き鳥」?
このように細やかな愛情を紡いでいた博士とハチですが、上野氏は講義中に突然、脳溢血で倒れ、53歳という若さで亡くなってしまいます。ハチは今度も主人が出張からそのうち帰ってくると思って、来る日も来る日も渋谷駅で待ち続け、それは今でも語り継がれるエピソード、というのは皆さん、ご存知のとおりです。このハチの行動は多くの人の共感をよびましたが、その一方で、ハチは主人恋しさで渋谷駅に通い続けたのではない。ある日、誰かからたまたまもらった焼き鳥に味をしめて、焼き鳥欲しさで通い続けたのだという、ちょっと興ざめな見方もあるにはあるのです。実際に、ハチの死後、東大で解剖をすると胃の中から焼き鳥が串のまま入っていた、という記録もあるので、ハチが焼き鳥を好んで食べていたというのは事実でしょう。
犬の優れた道徳性
しかし、「これが有名なあのハチという犬だ」と人々が可愛がり、騒ぎだしたのは、ハチが渋谷駅に通いだして、しばらくたってからのことです。当初は、何の事情も知らない人から「汚い犬だ」と追い払われることもしばしばだったそうで、それでもハチが通い続けたので、そのうちに、「主人を待ち続ける犬・忠犬ハチ公」としての評判が広まっていったのです。ハチに聞くわけにもいかないので、真偽のほどは分かりませんが、自らも愛犬家であるという一ノ瀬氏は「犬は人間より道徳的に圧倒的に優れている動物」と断言します。犬が、警察犬や盲導犬や介助犬、アニマルセラピーといった形で、人間にとって大事な役を担っているのは、賢さだけでなく、犬のこうした特性があるからこそでしょう。「忠犬」ともちあげ、食べ物を与えたり頭をなでたりといった行為は、いわば、人間が勝手にやったことです。ハチは何の見返りも期待せず、心底、愛する主人にいつ会えるか、今日は会えるかと願って、渋谷駅に通い続けたにちがいない。上野氏とハチの銅像を見ると、そう思えてなりません。
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