社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.02.06

年収は日本でも「住むところ」で決まる?

 インターネットの発達によって、最近では場所を選ばずに仕事ができるようになってきました。またミーティングや会議もスカイプで行う企業も増えています。もはや、働くために場所を選ぶ必要はないのかもしれません。しかし、アメリカ在住の経済学者エンリコ・モレッティ氏は著書『年収は「住むところ」で決まる 雇用とイノベーションの都市経済学』において、住む場所によって年収に差が生まれると言っています。これはアメリカだけの事情といっていいでしょうか。詳しく見てみましょう。

発展は発展を呼ぶ

 アメリカのシアトルという町は、もともとは航空機メーカーのボーイングを中心とした製造業の町でした。今から30年前にこのボーイングの業績悪化に伴い、町は衰退します。そのとき、まだ社員十数名だったマイクロソフトはシアトルに移転しました。理由は創業者のビル・ゲイツとポール・アレンの出身地だったから、ということだけです。

 ここからシアトルの大躍進が始まります。マイクロソフトが企業として拡大していくと、お金と経験を積んだ従業員たちが独立し、近くで新しいビジネスを立ち上げます。その数はいまや4000社にも達しているそうです。こうしてシアトルにはさまざまなハイテク関連技術を有した巨大企業群が出来上がりました。優れた人材と資金が集まり、町は発展していきます。発展が発展を呼び、シアトルはどんどん豊かになります。

 また、同書では大卒者の割合が多い都市ほど、高卒者の給料が高いことが明らかにされています。つまり、経済的に豊かに生きるポイントの一つは、自分の意志とは無関係に「隣人の教育レベルに依存している」といえるとのことです。

積極的に移動することが豊かさの鍵

 アメリカにおいて失業率の上がった地域を調べると、少なくとも高学歴であればあるほど別の仕事を探して移住する傾向があり、逆に低学歴であればあるほど失業してもその地域で仕事を探し続け、何年も失業状態を続けてしまうそうです。

 移住するにはまず経済力が必要です。この点について著者は「移住クーポン」を提案します。これは失業保険の一部を外の町へ出る人へ給付するという考え方です。1000人の失業者のうち、500人が移住すれば、残りの500人の失業者が職に就ける確率は2倍になるといいます。たしかに、なかなかシンプルな論ですが説得力はありますよね。

日本でどう生かせるか

 ここまで書籍の内容を見てきました。人がどのようにして都市に集まるか、また失業率の上がった地域の人の移動をどう促すか。なかなか面白い視点からの考察ですよね。さて、翻って日本で考えてみると、どうでしょうか。東京一極集中が問題になっています。仕事があるところに移住できる「クーポン」を与えられても、現状では意味がないでしょう。東京以外で仕事を見つけられる確率は、あまり高くないことが想像できます。

 しかし、マイクロソフトがシアトルに移転した理由は、単に自分たちの出身地だったからというものでした。ここから正の循環が生まれています。こう考えると、日本でもイノベーターが思い切って地方で新しい技術開発をスタートさせることで、町を再生させていくことは可能なのではないかという気がしてきます。こういった試みもまた時折耳にします。どんどん場所を選ばずに働くことができるような技術革新は進んでいます。今後の日本の姿は大きくかわるかもしれません。

<参考文献>
・『年収は「住むところ」で決まる 雇用とイノベーションの都市経済学』(エンリコ・モレッティ著、プレジデント社)
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
自分を豊かにする“教養の自己投資”始めてみませんか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

平和の実現を哲学的に追求する…どんな平和でもいいのか?

平和の実現を哲学的に追求する…どんな平和でもいいのか?

平和の追求~哲学者たちの構想(1)強力な世界政府?ホッブズの思想

平和は、いかにすれば実現できるのか――古今東西さまざまに議論されてきた。リアリズム、強力な世界政府、国家連合・連邦制、国連主義……。さまざまな構想が生み出されてきたが、ここで考えなければならないのは「平和」だけで良...
収録日:2025/08/02
追加日:2025/12/08
川出良枝
東京大学名誉教授 放送大学教養学部教授
2

布団に入る何分前がいい?入眠しやすいお風呂の入り方

布団に入る何分前がいい?入眠しやすいお風呂の入り方

熟睡できる環境・習慣とは(3)睡眠にいい環境とお風呂の入り方

眠る環境は各家庭の状況や個人の好みによって大きく異なるが、一般的に「良い睡眠」のために望ましい環境はどのようなものだろうか。布団や枕などの寝具、エアコンなどの室温コントロールを含めた寝室の環境、また寝つきの良く...
収録日:2025/03/05
追加日:2025/12/07
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
3

『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏のすごさ…波へのこだわり

『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏のすごさ…波へのこだわり

葛飾北斎と応為~その生涯と作品(2)『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏への道

役者絵からキャリアを始め、西洋の画法を取り入れながら読本の挿絵を大ヒットさせた葛飾北斎。その後、北斎が描いていった『北斎漫画』や浮世絵などの数々は、海外に衝撃を与えてファンを広げるほどのものになっていく。60代は...
収録日:2025/10/29
追加日:2025/12/06
堀口茉純
歴史作家 江戸風俗研究家
4

深刻化する中国の人権問題…中国共産党の思惑と人権の本質

深刻化する中国の人権問題…中国共産党の思惑と人権の本質

中国共産党と人権問題(1)中国共産党の思惑と歴史的背景

チベット、内モンゴル、新疆ウイグルなど、少数民族に対する深刻な人権侵害をめぐって欧米諸国から強い批判を浴びている中国。しかし、こうした人権問題は今に始まったことではない。中華人民共和国建国の経緯と中国共産党の思...
収録日:2021/10/15
追加日:2021/12/24
橋爪大三郎
社会学者 東京科学大学名誉教授 大学院大学至善館教授
5

なぜ「何回説明しても伝わらない」のか?鍵は認知の仕組み

なぜ「何回説明しても伝わらない」のか?鍵は認知の仕組み

何回説明しても伝わらない問題と認知科学(1)「スキーマ」問題と認知の仕組み

なぜ「何回説明しても伝わらない」という現象は起こるのか。対人コミュニケーションにおいて誰もが経験する理解や認識の行き違いだが、私たちは同じ言語を使っているのになぜすれ違うのか。この謎について、ベストセラー『「何...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/02
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授