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DATE/ 2018.02.25

日本がリードする耐火・耐震性に優れた木造建築

 「火事とけんかは江戸の華」と言われるように、火事が頻発する江戸では火消しが花形職業でした。纏を振る火消し職人の姿はいなせの象徴として憧れの的だったようですが、その火消しの方法はというと、消火よりも風下にある家屋を壊して延焼を防ぐ、その名も「破壊消防」が中心だったのです。

 もちろん、こんな乱暴なやり方は江戸時代のことで、現代の木造建築の耐火・耐震性能はすばらしい進化を遂げており、その技術レベルは鉄構造・RC造並みだと東京大学生産技術研究所教授・腰原幹雄氏は太鼓判を押しています。

木の特徴を生かした耐火性を考える

 防耐火策の一つとして、まず挙げられるのが「燃えしろ設計」です。これは、花火のようにパッと瞬間的に燃え上がるのではなく、ゆっくりと燃えていくという木の特徴をいかしたもの。燃え方をコントロールして、その間に安全なところに避難したり、消火活動を進める時間を確保するという考え方です。つまり、「何がなんでも燃えない」ではなく、「安心して燃える」設計を実現したわけです。

 さらに、この延長線として燃え止まり型部材が開発されました。燃え方のコントロールで避難する時間を確保するというレベルから一歩踏み込んで、道路の混乱や遮断で消防車がなかなか来られない大地震などの災害を想定して、自然に鎮火する木材を開発したのです。

 しかし、これは言うのは簡単ですが、「燃えない木材」を作るというのは相当の難題。木の部分を石こうボードのような燃えない素材でくるんでしまえば済む話ですが、それでは木の素材感を生かした建築はできません。町の景観を美しく保つためにも、見た目良し、耐火性も良し、という木材開発が研究され、従来の木材と処理を施した木材の二重構造という新しい技術が生まれました。

工学的に強度を保証することで耐震技術も進化

 一方、木造建築の耐震性についても多くの研究が行われ、飛躍的に向上しています。腰原氏によれば、現在では阪神淡路大震災級の地震でも安全が確保できる木造住宅を建てられるようになっているとのこと。この技術開発の背景には、木造でも構造解析ができるようになったことがあります。これまでは、大工の経験則に基づく先人からの知恵やベテランの目利きや勘がものを言っていたものを、工学的に評価できるようにしたのです。データや数値で確認、評価することで、地震や台風、鉛直荷重といった外力に対して、どの程度安全かを見える化することに成功しました。

 また、「エンジニアードウッド」の登場も構造解析に一役買っています。「エンジニアードウッド」とは、弾性や強度が明示され、評価、保証された木材製品の総称で、性能が担保されているもの。木材を細分化したものを接着剤で大きな材料に再構成していますが、性能を保証することで、製部材にありがちな木の割れや反り、ねじれ等の欠点が分散され、その分高い強度・精度を獲得できるというものです。

70階建て木造建築の時代へ!

 こうした技術の向上、開発により、都市部でも見た目の美しさ、空間への調和を維持しつつ、鉄筋コンクリート並みの耐火・耐震性を持った木造建築が可能になってきました。

 2018年2月、住友林業が地上70階建ての超高層木造建築構想を発表しました。東京のど真ん中・丸の内に高さ350メートルの木造ビルを建設するという計画です。東京の中心部における超高層ビルということで、さらなる耐火・耐震性の研究を進めていくため、実現のめどは2041年頃と少し先になりますが、完成すれば世界に類を見ない木造建築の誕生ということで期待が高まります。自然とハイテクが融合した「火消し」技術を内蔵したかのような木の建物。新しい江戸の姿が今から楽しみです。
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