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なぜ日本人は遅刻にうるさく残業にルーズなのか?
現代における日本人といえば、「時間に正確」で「定刻意識がしっかり」していて「遅刻にうるさい」と世界的に認識されています。しかし昔からそうだったわけではありません。
幕末の2年間、長崎海軍伝習所で指導を行ったオランダ軍人のカッテンディーケは、「日本人の性癖」において「日本人の悠長さといったら呆れるぐらいだ」と記し、その悠長さを示す事例を列挙しています。
ではいつから日本人は遅刻にうるさくなったのでしょうか?そして現代社会の日本人は定刻意識がしっかりしているのに、なぜ残業にはルーズなのでしょうか?理由と背景を考察してみたいと思います。
ちなみに、不定時法は農業には合理的な時刻制度です。ですので、農業社会かつ江戸時代は鎖国をしていた近代以前の日本には適していました。ただし、不定時法では「定刻感覚」を養うことや社会で共有することは難しいでしょう。当時の日本人に対して、オランダ人のカッテンディーケが「悠長だ」と呆れてしまったこともうなずけます。
そして、近代化をめざす新政府による明治5年の改暦によって、時刻制度も現在のような1時間が固定されている「定時法」に切り替えられました。明治の近代化とともに、日本人の時間感覚も急速に変化していったのです。
産業革命が始まったばかりの頃は、「労働者はより働かせた方が生産性の向上が図れる」と考えられ、長時間労働が強いられていました。しかしそれでは労働者は疲弊してしまいます。また、経営者や国家の観点からみても、生産性の効率が悪くなることがわかってきました。そこで工場法が制定され、その後は各国や時代に応じた、いわゆる労働保護法が制定・施行されていくようになりました。
こうして労働時間が決められたため、それに応じて「遅刻」が誕生し、「残業」が発生するようになりました。他方、産業革命による社会構造や労働環境の変化、時計や鉄道などの機械の精度が向上することにより時間感覚も近代化され、「遅刻意識」も社会化されていきました。
常見氏があえて厳しく提言するように、日本の残業時間は構造的に避けがたくなっています。そして雇用者側から短期的にみると、「残業は合理的」なのです。
ここで「労働者にやさしい」といわれる国々にも目を向けてみましょう。例えばドイツでは、「労働時間法」によって1日当たり10時間を超える労働が禁止されています。なおこの法律は、「残業」の規制ではなく、「労働時間」そのものに上限規制をかけ、厳しく取り締まっています。それでも経済は好調で、高い生産性も維持しています。
他方、労働協約により労働時間が短い国もあります。オランダでは、法律上は週60時間を上限としつつも、産業別労働協約により実際の労働時間は短くなっています。例えば主要産業である農業の労働時間は週平均38時間となっています。
このことから考えられることは、日本人はいわゆる「空気をよむ」感覚で、時代や社会の意識に乗るのがうまく、そのためあえて近代化や高度経済成長期の時代の要求に応じて「遅刻にうるさく残業にはルーズ」な社会性を獲得し実行したのではないでしょうか。しかし、そのモデルは今の時代には合わなくなってきているようにみえます。
世界の動きや大きな社会を変えることは、個人や小さな社会ではなかなか難しいことです。けれど自分の時間感覚や身近な労働環境は、変えていくことができるかもしれません。明治維新から150年を経た日本。一度立ち止まって、新しい時代やより広い世界の時間感覚を感じて、取り入れてみてはいかがでしょうか。
幕末の2年間、長崎海軍伝習所で指導を行ったオランダ軍人のカッテンディーケは、「日本人の性癖」において「日本人の悠長さといったら呆れるぐらいだ」と記し、その悠長さを示す事例を列挙しています。
ではいつから日本人は遅刻にうるさくなったのでしょうか?そして現代社会の日本人は定刻意識がしっかりしているのに、なぜ残業にはルーズなのでしょうか?理由と背景を考察してみたいと思います。
不定時法から定時法へ。日本の時刻制度の変化
そもそも室町時代後半から江戸時代まで、日本の時刻制度は「不定時法」でした。不定時法では、日の出から日没までを基準として昼夜を別々に6等分して時間の長さを決めます。つまり時間の単位が季節や昼夜で異なります。ちなみに、不定時法は農業には合理的な時刻制度です。ですので、農業社会かつ江戸時代は鎖国をしていた近代以前の日本には適していました。ただし、不定時法では「定刻感覚」を養うことや社会で共有することは難しいでしょう。当時の日本人に対して、オランダ人のカッテンディーケが「悠長だ」と呆れてしまったこともうなずけます。
そして、近代化をめざす新政府による明治5年の改暦によって、時刻制度も現在のような1時間が固定されている「定時法」に切り替えられました。明治の近代化とともに、日本人の時間感覚も急速に変化していったのです。
産業革命が生み、近代化が育てた遅刻と残業
労働時間の制定は、18世紀後半にイギリスで始まった産業革命と、それに伴う工場労働者の保護を目的として制定された「工場法」にまでさかのぼります。産業革命が始まったばかりの頃は、「労働者はより働かせた方が生産性の向上が図れる」と考えられ、長時間労働が強いられていました。しかしそれでは労働者は疲弊してしまいます。また、経営者や国家の観点からみても、生産性の効率が悪くなることがわかってきました。そこで工場法が制定され、その後は各国や時代に応じた、いわゆる労働保護法が制定・施行されていくようになりました。
こうして労働時間が決められたため、それに応じて「遅刻」が誕生し、「残業」が発生するようになりました。他方、産業革命による社会構造や労働環境の変化、時計や鉄道などの機械の精度が向上することにより時間感覚も近代化され、「遅刻意識」も社会化されていきました。
日本型の合理的な残業と労働者にやさしい国
働き方評論家で千葉商科大学国際教養学部専任講師の常見陽平氏は、著書『なぜ、残業はなくならないのか』において、「日本の残業は、なぜなくならないのか?」の問いに「あえて空気を読まずに回答しよう。その答えは簡単だ。残業は、合理的だからだ。残業もまた、柔軟な働き方だからだ。残業しなければならないように、労働社会が設計されているからだ」と答えています。常見氏があえて厳しく提言するように、日本の残業時間は構造的に避けがたくなっています。そして雇用者側から短期的にみると、「残業は合理的」なのです。
ここで「労働者にやさしい」といわれる国々にも目を向けてみましょう。例えばドイツでは、「労働時間法」によって1日当たり10時間を超える労働が禁止されています。なおこの法律は、「残業」の規制ではなく、「労働時間」そのものに上限規制をかけ、厳しく取り締まっています。それでも経済は好調で、高い生産性も維持しています。
他方、労働協約により労働時間が短い国もあります。オランダでは、法律上は週60時間を上限としつつも、産業別労働協約により実際の労働時間は短くなっています。例えば主要産業である農業の労働時間は週平均38時間となっています。
変わる社会と変えられる時間感覚
江戸時代まで悠長であった日本人の時間感覚は、欧米の制度を取り入れた近代化によってオリジナルであった欧米の定刻感覚をしのぐほどの精密さを培いました。なおかつ近代化という国家の目的のために、残業をいとわず働く労働意識まで実行できるようになりました。このことから考えられることは、日本人はいわゆる「空気をよむ」感覚で、時代や社会の意識に乗るのがうまく、そのためあえて近代化や高度経済成長期の時代の要求に応じて「遅刻にうるさく残業にはルーズ」な社会性を獲得し実行したのではないでしょうか。しかし、そのモデルは今の時代には合わなくなってきているようにみえます。
世界の動きや大きな社会を変えることは、個人や小さな社会ではなかなか難しいことです。けれど自分の時間感覚や身近な労働環境は、変えていくことができるかもしれません。明治維新から150年を経た日本。一度立ち止まって、新しい時代やより広い世界の時間感覚を感じて、取り入れてみてはいかがでしょうか。
<参考文献・参考サイト>
・『長崎海軍伝習所の日々 日本滞在記抄』(カッテンディーケ著、水田信利訳、東洋文庫)
・『なぜ、残業はなくならないのか』(常見陽平著、祥伝社新書)
・『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人 ドイツに27年住んでわかった 定時に帰る仕事術』(熊谷徹著、SB新書)
・「オランダの農業と就業構造」(一瀬裕一郎著『日本労働研究雑誌』58(10)、労働政策研究・研修機構)
http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2016/10/pdf/016-032.pdf
・『長崎海軍伝習所の日々 日本滞在記抄』(カッテンディーケ著、水田信利訳、東洋文庫)
・『なぜ、残業はなくならないのか』(常見陽平著、祥伝社新書)
・『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人 ドイツに27年住んでわかった 定時に帰る仕事術』(熊谷徹著、SB新書)
・「オランダの農業と就業構造」(一瀬裕一郎著『日本労働研究雑誌』58(10)、労働政策研究・研修機構)
http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2016/10/pdf/016-032.pdf
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