テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.07.15

「行動主義心理学」から「進化心理学」へ

 心理学的アプローチの一つに「行動主義心理学」があります。行動の原因を過去の条件付けにあると見て、ひたすら行動に注目する考え方です。この考えは20世紀の心理学では主流になっていましたが、それとは違うアプローチとして「進化心理学」が1990年代に提唱されています。進化生物学者の長谷川真理子氏(総合研究大学院大学長)は、両者の違いを次のように説明しています。

意識はブラックボックスで構わない!行動主義心理学

 行動主義心理学は、米・ハーバード大学心理学教授B.F.スキナー氏を中心に始まりました。人や動物の行動は、心の中の自由意志によって選択されているのではなく、過去に取った行動の結果が積み重なったものだ、とする考え方です。

 つまり、客観的に把握することのできない意識はブラックボックスとして割り切り、科学的な測定による「行動」についての分析が必要だと考えたのです。彼の利用した「スキナー箱」は、バーを押して、間違っていたら罰を受け、正しければ餌が出てくるものです。これにより、動物がどう学習していくかを知ることができ、「行動と結果」が正しく見てとれます。これは、研究パラダイムとしてはシンプルで、非常に優れたものだと長谷川氏は言います。

ヒトの脳みそは「進化の産物の臓器」という進化心理学

 一方、1990年代に米国西海岸のカリフォルニア大学から出てきたのが「進化心理学」の考え方です。こちらはヒトの脳みそを「進化の産物の臓器」ととらえ、ホモ・サピエンスに固有の情報処理プロセスは進化適応とともに発展してきたと説明します。

 たとえば、多くの哺乳類が視覚より嗅覚に頼るのは夜行性だからですが、ヒトは昼行性の霊長類であるため、視覚優位に感覚情報を処理します。そのため、視覚情報に強く引き付けられ、注視してしまうというバイアスが出ると考えられています。

 さらに、動物が生き延びて繁殖するのに有利になるような動機付けの仕組みを「情動」と言います。ヒトの場合、食欲は個体の生存と維持に非常に重要ですが、進化してきたこれまでの環境で砂糖や脂肪が有り余る環境は存在しなかったため、これらへの歯止めは存在していません。孤独をストレスと感じるのも、ヒトが社会的な動物として進化してきたのが原因。社会的接触に対する人間のさまざまなセンサーは、いつも鋭く働いていると言われます。

「隣は何をする人」かは、入試問題より脳に向く疑問

 ヒトが上手に考えられるのは、進化の環境で考え、解決しなければならなかった課題群。たとえば「物体はどう動くか」という性質への理解や推論、「食べられるものと食べられないもの」の見分けと推論、「同種の個体識別と、他人が何を考えているか」についての推論などです。

 入学試験のような抽象的な課題よりも、他人の利害関係がどうなっているかを考えるほうが、脳は活発に働くということです。

 学習や記憶にも、同じことが言えます。「毒のある食物を避ける」には、毒のあるものを1回食べてみると十分ですが、「ある食物がほかの食物よりおいしい」ということは、何度も繰り返して定着させる必要があります。

 記憶についても、すべてを均一に記憶することはありえません。アルツハイマー病になった後でも、うれしかったことや衝撃だったことはよく覚えているように、生存や繁殖に関連するエピソード記憶は明瞭に記憶されています。逆に言うと、数式の列など、生存・繁殖に意味のないものは、なかなか覚えられず、忘れるのも速いということです。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,200本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

映画『君たちはどう生きるか』とつながる山上憶良の答え

映画『君たちはどう生きるか』とつながる山上憶良の答え

山上憶良「沈痾自哀文」と東洋的死生観(3)「沈痾自哀文」現代語訳を読む

宮崎駿監督の映画『君たちはどう生きるか』の一つの大きなテーマは、自分が恵まれていることにどう気づくかではないかと上野氏はいう。これは戦後日本のあり方、目指すべきものへの痛烈な問いかけではないだろうか。このことに...
収録日:2024/04/02
追加日:2024/07/26
上野誠
國學院大學文学部日本文学科 教授(特別専任)
2

集中のスイッチを入れる方法は意識からと身体からの2通り

集中のスイッチを入れる方法は意識からと身体からの2通り

本番に向けた「心と身体の整え方」(1)ディテールにこだわる

アスリートたちは本番で力を発揮するために、「準備」と「本番」の2つのフェーズに分けて物事を考えている。「準備」段階ですべきは、本番の状況を細部にわたってシミュレーションしておくこと。そして、本番で「意識が散漫にな...
収録日:2020/09/16
追加日:2021/01/19
為末大
Deportare Partners代表
3

こりごり?アイ・ラブ・トランプ?…トランプ陣営の実状は

こりごり?アイ・ラブ・トランプ?…トランプ陣営の実状は

「同盟の真髄」と日米関係の行方(7)トランプ氏の評価とその実像

「こりごりだ」「アイ・ラブ・トランプ」…いったいどちらが本当のトランプ評なのか。前大統領のトランプ氏は、過激な発言で物議を醸すことも多かったが、その人柄はどのようなものだったのだろうか。2024年11月アメリカ大統領選...
収録日:2024/04/23
追加日:2024/07/24
杉山晋輔
元日本国駐アメリカ合衆国特命全権大使
4

ポツダム宣言受諾が遅れた理由と昭和天皇の「御聖断」

ポツダム宣言受諾が遅れた理由と昭和天皇の「御聖断」

敗戦から日本再生へ~大戦と復興の現代史(10)ポツダム宣言受諾への道のり

公立大学法人首都大学東京理事長・島田晴雄氏による島田塾特別講演シリーズ。紆余曲折の末、ついに発表されたポツダム宣言とその正式受諾に至るまでの道のりを知る。陸海軍の猛反発にあいながら本土決戦前の降伏を実現したポツ...
収録日:2016/07/08
追加日:2017/08/02
島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授
5

地政学を理解する上で大事な「3つの柱」とは

地政学を理解する上で大事な「3つの柱」とは

地政学入門 歴史と理論編(1)地政学とは何か

国際政治を地理の観点からひも解く「地政学」という学問。近年、耳にすることも多くなった分野だが、どのような手法や意義を持った学問であるかを学ぶ機会は少ない。その基礎から学ぶことのできる今回のシリーズ。まず第1話では...
収録日:2024/03/27
追加日:2024/04/30
小原雅博
東京大学名誉教授