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DATE/ 2020.03.25

異日常の提案…かつらで考えるイノベーション

 アデランスは言わずと知れた「かつら」が主力商品のグローバル・リーディング・カンパニー。その「アデランスのかつら」で考えるとイノベーションの本質がよくわかる。そう語るのは、競争戦略が専門の経営学者・楠木建氏です。

 楠木氏の言う、"イノベーションは「思いつき」の勝負である"とは、どういうことなのか。「かつら」のどんな「思いつき」がイノベーションにつながっていくのか。キーワードは「異日常」。では、「異日常」とはいったい何か。

イノベーションとエボリューションの違い

 イノベーションとは何かと問うとき、エボリューションすなわち「進化」との違いを考えるとよくわかります。冒頭にも書いたとおり、イノベーションというのは「思いつくか思いつかないか」の勝負であると楠木氏は指摘しています。いっぽう、「進化」というのは「できるかできないか」の勝負なのだそうです。

 有名な経営学者のドラッガーはイノベーションとは「パフォーマンスの次元が変わる」ことだと言っています。これは言い換えると、「何が良いか」という基準そのものが変わるということです。

「進化」には終わりがやってくる

 それに対して、「進化」においては、「何が良いか」という基準そのものは同じです。その同じ価値基準の中で価値が高くなっていくのが進化です。科学技術を想定するとよりわかりやすいかもしれません。科学技術と「進化」はとても相性が良いのです。身近な具体例を挙げると、スマホ業界も自動車業界も科学技術の「進化」を競っていますね。

 ただし、「進化」には必ず終わりがやってきます。家電製品を選ぶときに違いが分かりにくくて困ったことはありませんか。それは商品同士の差別化ができなくなっている証拠です。差別化できなくなっているということは、「進化」がほとんど終わりきているということです。でもだからこそ、「進化」に終わりが来るからこそ、イノベーションが必要なのです。

アデランスとアートネーチャーの違い

 さて、本題の「かつら」の話に入ります。こうした具体例にもとづくと、よりイノベーションについて理解が深まると思います。「かつら」といえば、アデランスともうひとつ、アートネイチャーがよく知られています。

 アデランスとアートネーチャーは同じ業界ではありますが、戦略がまったく違います。簡単にいうと、アートネイチャーは、マーケティングやプロモーションにたくさん投資をします。それが非常にうまい会社です。

 一方で、アデランスは物作り志向が強い会社です。「かつら」には天然の人毛と人工毛があります。業界ではより安価な人工毛が主流なのですが、アデランスはフルカスタマイズの人毛による高級ウィッグを売り出しています。また、メーカーとして世界で唯一人工毛から開発、内製しており、きわめて自然な人毛に近い品質の高い商品を生み出しています。

 プロモーションに重きを置くアートネーチャーの他方で、アデランスにとって、一番重要なマーケティングツールは口コミです。しかしながら、「かつら」ならでは大きな弱点が潜んでいます。それは隠れて装着するという商品の性質上、「かつら」は口コミに頼ることができないのです。

「非日常」ではなく「異日常」

 「かつら」には、男女それぞれにマーケットがあり、基本的には「薄毛の悩み」、「ファッション」、「医療」という3つの需要によって成り立っています。このうち、「男性向けファッション」のセグメントで商品を作ることを楠木氏はアデランスに提案しています。さらに、ここで提供する価値は「異日常」を売るというものです。「非日常」ではなく「異日常」です。

 「非日常のかつら」というと、分かりやすい例が、東急ハンズ等で売っているハロウィンのかつら。非日常であるハロウィンの当日が過ぎれば、もういらなくなって捨ててしまうこともあるでしょう。そうではなく、ある程度所得にゆとりがある人に対して、趣味の世界などでもうひとりの自分の「異日常」を持って、髪も着替えるというのはどうでしょうというのが楠木氏の提案です。

 「できるかできないか」の進化ではなく、これが「思いつくか思いつかないか」のイノベーションの発想です。実際に、楠木氏は趣味でやっているロックバンドで、そこでは長髪になって「異日常のかつら」を楽しんでいるそうです。物作りにこだわっているだけあってアデランスのかつらはかなり使用感が良いと太鼓判を押しています。読者の皆さんも、一度試してみてはいかがでしょうか。

 さすが、楠木氏です。「かつら」という身近な例を通して考えると、イノベーションの本質がグッと理解しやすくなりますね。イノベーションと進化、アデランスとアートネーチャー、非日常と異日常、こうして対比することで、その違いに注意を向けて考えると、やはり理解がはかどります。

 「かつら」のようなインパクトのある例えは、忘れにくいもの。「かつら」と「イノベーション」は、ぜひ一緒にしてアタマの中の記憶のひきだしにしまっておいてください。

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