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DATE/ 2020.08.24

口の中の健康が全身の健康状態を左右する?

 口の中の健康が全身の健康状態を左右することは、最近になって知られてきた事実です。高齢者はもちろんのこと、すべての年齢にヒントになる「口腔ケア」の驚くべき世界を見ていきましょう。

世界が驚いた「口腔ケアで肺炎半減」の事実

 さまざまな事例を紹介してくれたのは、日本顎咬合学会の元会長、現在は顧問を務める河原英雄先生。60歳を過ぎた頃、「もう少し田舎でのんびり過ごそう」と移住した先のお年寄りの入れ歯があまりにも「噛めない」ことに問題意識を持ち、実践を通して「オーラル・フレイル」の実態とそれを解決する口腔ケアに取り組んでこられました。

 「介護高齢者に対する口腔衛生の誤嚥性肺炎の予防効果に関する研究」という論文が、世界で五本の指に入る医学雑誌『ランセット(Lancet)』に発表されたのは1999年。やはり日本の口腔ケアを牽引する米山武義先生が示した「徹底的に口を清潔にすると、肺炎が半分に減った」というデータが世界を驚かせました。

 河原先生も、この論文に刺激を受けて行動を起こします。回復期リハビリテーションの病院に入院して余命を待つ状況だった高齢女性に、歯科医としてできることを心がけ、口中をきれいにするケアを始めたのです。すでに点滴栄養となっており、薬を飲むことしかできなかった口の中をきれいにした上で、口からの食事を再開していったところ、2週間で筋肉の萎縮が治って、それまでできなかった運動ができるようになります。その後、この女性は海外旅行ができるまでに回復されたそうです。

「寝たきり」「認知症」を避けるために入れ歯を確認

 こうしたことを機に、従来「体の問題」だと考えられていた「寝たきり」に口腔ケアが深く関わっていることが知られるようになります。「動く」という判断は脳で行われているため、「噛んで食べ、味わう」ことにより、脳にいろいろな情報を入れてあげることが重要なのです。そのプロセスで体が回復していくとともに、脳自体がより健康になる可能性も指摘されています。

 河原先生が強調するのは、「入れ歯になっても諦める必要はない」ということです。口の中をきれいにして、自分の好きなものをしっかり食べて味わい、全身の栄養にすることは、人間の尊厳を守ることです。入れ歯にすると口元が気になって外へ出なくなったり、人としゃべらなくなったりする人がいますが、社会性が失われていくことは認知症への何よりの近道になります。

 何年も前につくった「合わない入れ歯」でよく噛めない生活に我慢している高齢者の方がたが身の回りにいないかどうか、ぜひチェックしてみてください。外科手術で取ってしまった胃や肺を再建することはできませんが、「噛んで食べる」機能は適切な入れ歯やインプラントによって再建できるのです。

「前歯で噛む」エクササイズは若者にも重要?

 歯が生え出したばかりの赤ちゃんは、だれに教わることもなく前歯を使うようになり、飛躍的に脳を発達させていきます。河原先生の話を聞いた江崎グリコでは「前歯で噛むと、脳の血流がアップする」ことを実験で確かめ、ポッキーを前歯でかじろうというキャンペーンを2016年より行っています。

 前歯で噛むことでとくに血流がアップするのは「前頭前野」という「脳の司令塔」にもたとえられる部分です。「考える」「記憶する」「アイデアを出す」「感情をコントロールする」「判断する」「応用する」など、人間にとって重要な働きを担っているため、人間が人間らしくあるためのポイントだと言われます。「前歯で噛む」ことで、この脳を目覚めさせたり鍛えたりできるのなら、こんなに手軽でうれしいことはありませんね。
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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授