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『「美味しい」とは何か』に学ぶ美学としての食文化
人は生きるために必ず食事を取らなければなりません。味にこだわらない方でも、“おいしい食べもの”と“まずい食べもの”というものがあるなら、おそらくだれもが前者を選ぶでしょう。昨今、ネットを開けば、店名表示のそばに見知らぬ誰かが評価した☆マークが並んでいるのをよく見かけます。☆マークが多ければおいしい、少なければそうではないのだろうと普通は思うのですが、そうした評価がだれにとってもその通りというわけではないはずです。評価が高いわりに自分とは味が合わなかったり、自分はおいしいと思ったのに低評価だったり、ということがあるかもしれません。
では、この“おいしい”“まずい”と評価するとき、わたしたちは何を感じ、何を考えているのでしょうか。その問いをテーマとして扱っているのが、『「美味しい」とは何か─食からひもとく美学入門』(中公新書)という書籍です。著者は九州大学大学院比較社会文化研究院講師である源河亨先生。源河先生の専門は哲学と美学。人の心と知覚・感情といったことをテーマに研究をされています。本書では「おいしい・まずい」という知覚・感情を、先生の専門である「美学」でひもといていくわけですが、じつは飲食はこれまで美学の研究対象として扱われてこなかったのだとか。
誰もが感じる「おいしい」には、いったい何が隠されているのでしょうか。
「ほとんどの美学書では、絵画や音楽、彫刻といった芸術作品の鑑賞が例となっており、飲食物を扱っている本は少ない。(中略)飲食に関わる味覚や嗅覚は生命維持と結びついた動物的な感覚であり、絵画や音楽といった視覚・聴覚的な芸術鑑賞と並び立つものではないとされていたからだ」
飲食が「生命維持と結びついた動物的な感覚」であることを理由に美学のテーマからはずれてしまうとなると、料理は「目でも楽しむもの」「器で食べさせる」など、飲食に味覚以外の要素が含まれているように思いますので、意外に感じられる方もいるのではないでしょうか。一方、飲食物を数多ある芸術作品と並べていいのかと問われたとき、少し考えてしまうということになるかもしれません。そうした揺れ動く気持ちを前に、源河先生は「料理は、音楽やダンスといった問題なく芸術と認められるものと重要な共通点が多くあり、そのため芸術と認められる」ということを提示。その理由を一つひとつ丁寧に解説しているのが本書のテーマです。
例えば、本書では聴覚と飲食に関する実験が紹介されていますが、内容は「咀嚼音を変えることでポテトチップスがまずくなる」というもの。被験者はマイクから拾った自分の咀嚼音を、耳につけたイヤホンで聞き、ポテトチップスを食べます。しかし、イヤホンから聞こえる咀嚼音の音量や周波数を変えると、同じポテトチップスでも音の具合によっておいしく感じたり、湿っていてまずいと感じたりといった差が出てくるそうです。視覚や嗅覚だけでなく、聴覚も「おししい・まずい」に関係しているということです。
本書ではこうした興味深い実験の紹介や考察が並べられているので、五感と飲食に関する部分を読み終わるころには、読者の食事に対する見方が一変しているかもしれません。
なお、冒頭でもお話ししましたが、グルメサイトの評価が誰にとっても正しい評価になっているとは限らないことがあります。それは個人の「センス」によるものだからですが、本当に全てが「人それぞれ」なら、「センスいいね!」はほめ言葉にならないはずです。でもそうではないでしょう。多くの人が「おいしい」と評価したわけですから、そこには何かあるはずです。あるいはそもそも正しい評価とは何なのか。こうしたことを理論的に説明するとなるとなかなか難しいものがあるのですが、先生は飲食の評価について「主観的な側面と客観的な側面の両方がある」と語り、五感の解説と同じように、1つひとつ丁寧に考察していきます。
ちなみに、こうした評価に対する主観性・客観性は、映画やドラマ・アニメを見たときの感想や評価、さらに絵画や音楽などさまざまな芸術に触れたときの考え方、評価の基準にもなるのではないでしょうか。
わたしたちは食べものを食べなければ生きていけません。そして、誰もが「おいしい・まずい」という感覚を持ち、「おいしい」という感情は、○○ブームや行列のできる○○店など、ときに爆発的な勢いを生むような強い力を持っています。本書を読んで「おいしい」とは何かを知り、食の奥深さを味わってみてはいかがでしょうか。
では、この“おいしい”“まずい”と評価するとき、わたしたちは何を感じ、何を考えているのでしょうか。その問いをテーマとして扱っているのが、『「美味しい」とは何か─食からひもとく美学入門』(中公新書)という書籍です。著者は九州大学大学院比較社会文化研究院講師である源河亨先生。源河先生の専門は哲学と美学。人の心と知覚・感情といったことをテーマに研究をされています。本書では「おいしい・まずい」という知覚・感情を、先生の専門である「美学」でひもといていくわけですが、じつは飲食はこれまで美学の研究対象として扱われてこなかったのだとか。
誰もが感じる「おいしい」には、いったい何が隠されているのでしょうか。
飲食が美学のテーマとして扱われない理由
美学というと、一般的には絵画や音楽など芸術を扱ったり、紹介したりする学問と認識されています。「美しいもの」がテーマとなっているなら、ラテアートや高級料理店のコース料理など、盛り付けがもはや芸術の粋に達している食べものもたくさんあるでしょう。それなのに、美学で飲食が取り扱われない理由は何か。これについて源河先生は次のように話しています。「ほとんどの美学書では、絵画や音楽、彫刻といった芸術作品の鑑賞が例となっており、飲食物を扱っている本は少ない。(中略)飲食に関わる味覚や嗅覚は生命維持と結びついた動物的な感覚であり、絵画や音楽といった視覚・聴覚的な芸術鑑賞と並び立つものではないとされていたからだ」
飲食が「生命維持と結びついた動物的な感覚」であることを理由に美学のテーマからはずれてしまうとなると、料理は「目でも楽しむもの」「器で食べさせる」など、飲食に味覚以外の要素が含まれているように思いますので、意外に感じられる方もいるのではないでしょうか。一方、飲食物を数多ある芸術作品と並べていいのかと問われたとき、少し考えてしまうということになるかもしれません。そうした揺れ動く気持ちを前に、源河先生は「料理は、音楽やダンスといった問題なく芸術と認められるものと重要な共通点が多くあり、そのため芸術と認められる」ということを提示。その理由を一つひとつ丁寧に解説しているのが本書のテーマです。
「おししい・まずい」は味覚だけでなく五感すべてが関係する
人には視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の五感がありますが、確かに飲食は味覚の領域かもしれません。しかし源河先生は、人は味覚だけでなく、食事をする際は5つの感覚の全てが情報統合され、「多感覚知覚」でもって「おいしい・まずい」を感じているというのです。例えば、本書では聴覚と飲食に関する実験が紹介されていますが、内容は「咀嚼音を変えることでポテトチップスがまずくなる」というもの。被験者はマイクから拾った自分の咀嚼音を、耳につけたイヤホンで聞き、ポテトチップスを食べます。しかし、イヤホンから聞こえる咀嚼音の音量や周波数を変えると、同じポテトチップスでも音の具合によっておいしく感じたり、湿っていてまずいと感じたりといった差が出てくるそうです。視覚や嗅覚だけでなく、聴覚も「おししい・まずい」に関係しているということです。
本書ではこうした興味深い実験の紹介や考察が並べられているので、五感と飲食に関する部分を読み終わるころには、読者の食事に対する見方が一変しているかもしれません。
「美学」は評価を下す際の「センス」を考察対象とする哲学
ということで、わたしたちは自分でも意識をしないで五感すべてを使って食事をしているのですが、当然「おいしさ」に対する評価には個人差があり、好みのお店も人それぞれです。そうしたなか、例えば、自分の好みのお店を紹介したことに対して「センスいいね!」という言葉でほめられたりすることがありますが、それはなぜでしょうか。源河先生は「まえがき」のなかで〈本書で扱う「美学」は、私たちが評価を下す際に用いる「センス」を考察対象とする哲学である〉と語っています。つまり、人が評価をする仕組み、そのときに用いる「センス」とは何かを、美学という学問から解き明かそうとしているのです。なお、冒頭でもお話ししましたが、グルメサイトの評価が誰にとっても正しい評価になっているとは限らないことがあります。それは個人の「センス」によるものだからですが、本当に全てが「人それぞれ」なら、「センスいいね!」はほめ言葉にならないはずです。でもそうではないでしょう。多くの人が「おいしい」と評価したわけですから、そこには何かあるはずです。あるいはそもそも正しい評価とは何なのか。こうしたことを理論的に説明するとなるとなかなか難しいものがあるのですが、先生は飲食の評価について「主観的な側面と客観的な側面の両方がある」と語り、五感の解説と同じように、1つひとつ丁寧に考察していきます。
ちなみに、こうした評価に対する主観性・客観性は、映画やドラマ・アニメを見たときの感想や評価、さらに絵画や音楽などさまざまな芸術に触れたときの考え方、評価の基準にもなるのではないでしょうか。
「料理は芸術」、奥深い食の世界を味わおう
本書は、先生がはじめに提示したように「料理は芸術と認められる」にたどりつくため、一歩一歩階段を登って行くような、もしくは、美学という巨大な地層のなかから、「飲食」という原石を地道に発掘していくような気持ちになる本といえます。後半に行けば行くほど、食という文化の奥行き、そして食が持つ文化の面白さ、美しさが理解でき、漠然と感じていた「おいしい」という感覚が、より立体的な形を持つようになります。わたしたちは食べものを食べなければ生きていけません。そして、誰もが「おいしい・まずい」という感覚を持ち、「おいしい」という感情は、○○ブームや行列のできる○○店など、ときに爆発的な勢いを生むような強い力を持っています。本書を読んで「おいしい」とは何かを知り、食の奥深さを味わってみてはいかがでしょうか。
<参考文献>
『「美味しい」とは何か─食からひもとく美学入門』(源河亨著、中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2022/08/102713.html
<参考サイト>
源河亨先生のホームページ
https://sites.google.com/site/tohrugenka/home
『「美味しい」とは何か─食からひもとく美学入門』(源河亨著、中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2022/08/102713.html
<参考サイト>
源河亨先生のホームページ
https://sites.google.com/site/tohrugenka/home
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