●食べ物をおいしそうに感じるかは、味や匂いだけでは決まらない
立命館大学食マネジメント学部教授の和田有史です。今日は、「『食』と『こころ』を考える」というお話をします。食というと、食べ物のおいしさが気になると思います。しかし、この「おいしそう」というものは、味や匂いだけで決まるものでしょうか。
例えば、こうした写真を見ているとき、どのような感じがするでしょうか。サンマの塩焼きは日本人が好む食べ物です。では、ウズラを同じように塩焼きにしたらどうでしょうか。ウズラの塩焼きは、頭がついているから気持ち悪いとおっしゃる方が多くいます。しかしよく考えてみると、サンマの塩焼きにも頭がついています。
このように、食べ物が好きか嫌いか、あるいはおいしそうに見えるか否かというのは、人の経験によるところが非常に大きいのです。
秋にその味と脂の乗りを楽しむサンマの塩焼きは、日本人に非常に人気な食べ物で、おいしそうに見えます。他方、ウズラの丸焼きは、日本ではあまり食べ慣れていない、あるいは見慣れていないものです。それ故、気持ち悪く、あるいはおいしくなさそうに見えてしまうこともあるのではないでしょうか。
私たちは、イナゴの佃煮がどのように見えるかという実験をしてみました。日本でも昔は、内陸の方を中心に、イナゴの佃煮が広く楽しまれていました。この実験では、イナゴの他に、長野などでよく食べられている蜂の子、蚕のさなぎ、そして、東南アジア料理でたまに出てくるセミの炒め物、これらの写真を見ていただき、こういった昆虫食を「何か食べたことがあるか」と聞きました。
上の図で、「よく食べたことがある」と答えた人が多い地域を濃い赤で示していますが、それは、日本では内陸地方に多いようです。図でグレーになっているところは、私たちのデータの不備で人数があまり取れなかった地域です。しかし、それを差し引いても、内陸に昆虫食経験者が多いことが分かります。年齢層で見ると、団塊ジュニア世代以上が35パーセント以上、つまり4割近くの人が食べた経験があります。しかし、それより若年の人たちは食べた経験が少ないようです。
イナゴ、蜂の子、蚕、セミ、これらをそれぞれ、どの程度の人が食べたことがあるかを調べました。1076人中で見ますと、イナゴについては300人程度の人、つまり3割近い人たちが「食べたことがある」と答えています。また、蜂の子、蚕、セミの順でだんだんと摂食した経験が減っていきます。そして、その摂食経験の減少割合に応じて「おいしそう」と答える人の割合も減っていきます。
その一方で、「まずそう」「食品に見えない」「気持ち悪い」と答える人は、摂食頻度と反比例して増加していきます。こういった例から、摂食経験があるほどその食品が「おいしそう」に見え、摂食経験がないほど「まずそう」に見える、そのような関係があることが分かります。
●「おいしそう」と感じることへの視覚の影響
視覚は、食品を「おいしそう」と感じるかどうかに非常に強い影響を与えます。例えば、かき氷を考えてください。抹茶を氷にまぶすと、抹茶味のかき氷のように濃い緑色になります。しかし、レモン果汁をかけたとしても、レモン味のかき氷ほど鮮やかな黄色にはなりません。これはメロンについても同じで、メロン果汁をかけても、メロン味のかき氷ほど奇麗な緑にはならないのです。
このように考えると、実際のものよりもさらに鮮やかに見せることで、食べる人に「おいしそう」という印象を与えることができます。そして、かき氷のシロップは、それを考慮して作られているということが分かります。
食べ物を「おいしそう」と感じる視覚的な影響には、動きも関わっています。食べ物を揺らしてみると、プルプルして柔らかそうに見えます。実際に食べなくても柔らかそうに見えるということも、私たちの視覚のメカニズムに依存して生じることです。
例えば、この図の中に青い四角形が見えると思います。しかし、実際には四角形の輪郭はありません。これは、皆さんの心の中に錯覚で生まれた四角形です。今、この四角形を上下に動きの差をつけて運動させると、プルプル揺れて見えるという現象が起こります。このように、こういうプルプル感も、人の心のメカニズムによって、心の中で生成されるということが分かると思います。