●サービス産業における生産性の向上を考える
立命館大学食マネジメント学部准教授の野中朋美です。本日は「食・食サービス」から考える従業員満足と生産性についてお話しします。
サービス産業は、わが国のGDPの約7割、全雇用の3分の2を占める重要な産業です。しかしながら、特にわが国においては、サービス産業の生産性の低さが、課題視されてきました。そこで、経験と勘に頼ったこれまでのサービスから、科学的・工学的手法に根ざした新しいサービスの創出が求められています。
労働集約型のサービス現場では、従業員の気持ちやモチベーションがサービス品質に与える影響が大きいと考えられます。サービス業では、製造業でいわれる機械のように、事前に性能や不良を確率分布等で規定することが難しいものとなっています。また、人ならではの性質により、同時性や柔軟性を持って、従業員はサービスを生産していると考えられます。
そこでわれわれの研究チームでは、サービス現場の実データを用いて、顧客満足(CS)や従業員満足(ES)のモデル化による、生産性向上と価値の向上に関する研究を行っています 。
●従業員満足の向上は顧客満足の向上につながる
ここではまず、従業員満足について説明していきたいと思います。従業員満足は、「Employee Satisfaction」のことで、ESと略されます。従来のサービス研究は、顧客満足(CS、Customer Satisfaction)をいかに向上させるかに重点が置かれてきました。近年では、それに加えて、ESに対する関心が高まっています。
これに関しては、J・S・ヘスケット氏(ハーバード・ビジネス・スクール教授)らが「サービスプロフィットチェーン」を提案しています。これは、ESが、サービス品質の向上を通じて、CSやロイヤリティーを向上させ、最終的には収益の向上につながる、というモデルです。したがって、より良いサービス提供に当たっては、このCSとES、さらにはMS(Management Satisfaction、経営者満足)を向上させる、三方良しの状態が求められます。
●飲食業におけるサービスの特徴
ここで、サービス業の事例として、飲食店におけるレストランサービスを考えてみましょう。
おそらく多くの方は、居酒屋やファストフード、ファミリーレストランのような飲食店に、一度は訪れたことがあると思います。レストランでは、料理だけではなく、その料理に付随するサービスも提供されています。店舗の中にあるテーブルや椅子といった設備もサービスの一つに含まれますし、スタッフによる接客もサービスに含まれます。
レストランサービスには特徴的な性質が存在します。それは、調理・配膳・喫食において生産と消費が同時に発生する同時性と、消費者側と提供者側の双方における異質性です。
一般的に製造業における工場生産において、ある機械が生産・加工する材の品質は、その機械の性能によって一定の範囲内に収まります。しかしながらレストランでは、例えば一人の調理人が同時に二皿を同じ品質で提供したとしても、それを喫食する顧客によって、知覚されるサービス品質が異なります。この異質性により、品質が顧客との関係によって影響される点に難しさと面白さがあります。
このサービスの特徴においては、上田完次氏(東京大学名誉教授)がいくつかの特徴を発表しています。この中でも特に重要な特徴として、無形成・変動性・同時性・消滅性があります。
●労働生産性と従業員満足度との関係を動機づけから考える
それでは次に労働生産性について考えてみましょう。
労働生産性は、付加価値を労働投入量で除算した値で計算されます。具体的には、付加価値を分子として、投入労働量を分母として計算します。そのため、労働生産性の向上に当たっては、この分子の付加価値をいかに向上させるかと、分母の投入労働量をいかに減らすかが、重要な両輪です。労働生産性の向上というと一般的には、この分母である投入労働量を減らそうと、労働時間の削減が行われます。また、多様な働き方を実現することも、近年いわれていることです。
今回のお話では、この労働生産性と、ESとの関係について、より詳しく見ていきたいと思います。
まず、「モチベーション」という言葉があります。このモチベーションという言葉は、ラテン語の「モベレ(movere)」を起源として、動機づけを意味しています。組織行動学では、このモチベーションを、その気にさせ、持続させ、あるいは特定の方向に向かわせる、心理的なプロセスと規定しています。
動機づけに関する研究は、何が人を動機づけているかを解明しようとする動因理論と、どのようなプロセスで人が動機づけられている...