●食をめぐる文化の違いは宗教的禁忌だけではない
本日は、飲食サービスと異文化対応というテーマでお話しします。私は、インドネシアの食文化を、文化人類学的な観点から研究しています。そして最近では、食のハラール、つまり、イスラム教徒の方々の食に関する研究をしています。その関係で近年では、訪日外国人観光客の対応をする、インバウンドビジネス関係者の方々からアドバイスを求められることが増えています。
ムスリム対応ということに関して話しますと、やはりハラールということ、そして礼拝対応ということが、非常に重要になっていきます。しかしここでは、それだけでいいのか、ということを考えていきたいと思います
まず、同じ宗教の信徒の間でも、禁忌に対する態度は非常にバラエティに富んでいます。例えばムスリムの中でも、最近話題になっているハラール認証を非常に重要視して、「ハラール認証のあるものをなるべく食べたい」という方もいます。他方で、そういうのはあまり気にしないで、「とにかく豚でなければ食べます」という方もいます。
それから、禁忌に対する同じような態度を持っていたとしても、食嗜好が違うということもあります。もちろん私たちには好き嫌いがあります。それだけではなく、地域ごとに、一般的に辛いものが好きな地域もあれば、逆に辛いものが全く食べられない方が多い地域もあります。あるいは、お米が主食の方もいれば、どうしてもパンが食べたい、小麦粉のパンがないと食事として満足できないという方もいます。こういった食に対する認識が、文化によって大きく異なっています。
また最近、ムスリム対応について非常に注目が集まっていますが、それだけではありません。世界にはいろいろな食の禁忌を持っている方がいます。食の禁忌をもつ宗教だけでも、ユダヤ教、ヒンドゥー教、仏教などがありますし、また、宗教的あるいは信条的にベジタリアンになっている方もいます。ベジタリアンの中にも、卵が食べられる方もいれば、ミルクと野菜と穀物などしか食べないという方、魚まで食べられる方など、いろいろな方がいます。それから、アレルギーを持っている方もいます。
こういった方々全員に対応する必要がありますから、一つの特別食で片付けるということは無理なのです。ですから、積極的な情報開示、つまり「これはどんな食べ物なのか」「どんな食材が含まれているのか」という情報を開示していくことが必要となります。その上で、丁寧にコミュニケーションを取ることによって、多様な選択肢を示す。そして食べる本人に、食べられるものや食べたいものを選んでもらう。こういったことが重要になってくると、私は考えています
●日本での飲食における異文化対応で注意すべきこと
私は文化人類学の研究をしているのですが、いろいろな国の研究者の方と意見交換をしています。そこで、自分が研究している国のインフォーマント(情報提供者)の方あるいは共同研究者の方が、日本を訪れたときにどういうおもてなしをするかということを話し合うことがあります。そうすると意外に居酒屋が人気なのです。居酒屋は、非常にたくさんのメニューがありますから、選びやすいのです。そして、食べてみて、好きなものだけをたくさん頼むということもできます。そういうことで、禁忌を持っている方でも、かなり対応しやすいのです。
例えば、インドネシア人のムスリムのお客さんが来た時のことですが、お店の中でお酒を飲んでいることを気にしない方、食べ物の中に微妙なお酒が含まれている事は気にしないし、自分が酔っぱらうような食べ物や飲み物でなければ気にしない方、あるいは豚の肉でなければ気にしない方もたくさんいます。そういう方であれば、居酒屋にお連れすることもあり、大変喜んでくれます。
ですが、たくさんの日本人と少しのインドネシア人という形で居酒屋に行ったとき、インドネシアの方が非常に感じがちな不安があります。まず、おかずばかりが出てきて、ご飯がいつまでたっても出てこない。そうなると、「今日、私はご飯を食べさせてもらえないのだろうか」と思ってしまいます。あるいは、食べてみたおかずの味が薄くてどうにも口に合わない、そういった不安や不満が出てきたりします。ほんのささいなことではありますが、実はここに根本的な問題があります。インドネシア人の食文化と非常に大きな関連があるのです。
●インドネシアの食文化におけるチリソースとご飯
上の写真は、インドネシアのおかゆ屋さんで撮った写真ですが、チリソースが見えると思います。皆さんは、チリソースをおかゆに使うでしょうか。おそらく日本では、使うという方はほとんどいないと思います。しかし、インドネシアでは、外食店に行きます...