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『古生物学者と40億年』が伝える研究現場の真実と情熱
突然ですが「古生物学研究」と聞いて、どんなことをイメージしますか。多くの人が思い浮かべるのは、砂漠や岩山で化石を掘り返す光景かもしれません。かつて恐竜たちが生きていた時代の地層から巨大な化石を発掘する様子は、まさに時代を超えたロマンを感じさせます。
しかし、そのようなイメージとは裏腹に、実際の研究現場は大きく異なります。古生物学は生命の誕生から始まる約40億年にわたる地球生命の歴史を対象としています。そのため、研究対象は恐竜だけに限られるわけではありません。また、ロマンチックなイメージとは対照的に、現場の研究者たちは研究の中で困難や葛藤に日々直面しています。
今回ご紹介する『古生物学者と40億年』(泉賢太郎著、ちくまプリマー新書)は、古生物学という学問の一般的なイメージと実際の研究現場との間に存在するギャップに焦点を当て、「古生物学者が普段どのようなことを考え、どのような研究を行っているのかという研究現場の様子」を明らかにしようとする一冊です。
本書全体に通底しているのは、古生物学の将来を危惧する泉氏の熱い思いです。泉氏によれば、現在日本にいる古生物学研究者はせいぜい数百人程度で、山積みの研究課題を前に全く研究者の数が足りていない状況だといいます。ましてや、これから少子化が進んでいくと、古生物学を担う人材はますます減少していきます。「古生物学は、このままでいいのだろうか?」――学問としての古生物学を途絶えさせてはいけない。ロマンあふれるイメージとは違って、実際はわからないことだらけの研究現場であっても、「古生物学は面白いんだ!」と。本書を読んでいると、泉氏の熱意がひしひしと伝わってきます。
まず、「化石を発掘してからがスタートライン」についてです。古生物学といえば、一般的には大規模な化石発掘調査のイメージが強いのですが、泉氏は「古生物学の研究=化石発掘」とは限らないと強調しています。実際には、化石を発掘した後が研究者にとって真の腕の見せ所となります。
ここで古生物学研究の一般的な流れについて確認しておきましょう。
まず最初に仮説を立てます。この仮説を検証(あるいは反証)するために、選定された特定の化石が研究対象として用いられます。次に、化石の観察や分析を行い、化石の特性を数値化します。その後、得られたデータは統計的な解析や専門的な画像処理を通じてさらに詳細に解析されます。最終的には、これらの解析結果が仮説と整合するかどうかを判断します。
このように、化石は発掘して終わりというわけではなく、むしろその後に研究者の仕事があるのです。また、研究が成功するかどうかは、フィールドワークに先立つ事前準備に大きく依存しているといいます。この段階では、研究室での化石観察や、データ解析、関連する先行研究・論文の読解などが行われます。
さらに、最近では数理モデルを用いた研究アプローチが盛んになっています。例えば、絶滅種の体重を推定する際に、直接測定することはできません。脊椎動物では、特定の骨のサイズや翼の面積と体重との間に一定の関係があることが知られています。この知識をもとに、研究者は経験則に基づく数式を使用して体重を推定します。これらの計算は紙とペン、あるいはコンピュータを使って行われます。
このように、古生物学者は1年の大半を室内での研究に費やしているのです。イメージよりも、ずっとインドアな生活ですね。
古生物学の研究では、大昔の年代の地層を調査して、そこに含まれる化石の種類を調べることになります。そこで問題になるのが、「古い年代の地層ほど少ない」ということです。古い年代の地層は、風化・浸食作用を受けている時間が長いため、新しい年代の地層に比べて量が少なくなってしまいます。そうすると、地層に含まれる化石の種類と数という基本的な情報ですら、地層の現存量という不可避のバイアスに影響されてしまうのです。
また、研究する人間の側にもバイアスが存在します。代表的なものとして「調査努力量」が紹介されています。たとえば、ある地層から化石が多く見つかった場合、その地域は生物の多様性が高かったと解釈されがちです。しかし、実際には、他の調査に比べて単により多くの時間や資源が投入されただけかもしれません。このように、化石採集に費やされる努力量の違いによって、得られる古生物学的情報が大きく変わってしまうことがあるのです。
あとがきで、初稿を読んだ担当編集者の方が「泉さんの古生物学への愛を感じました」と言ったというエピソードが紹介されています。この本は、図鑑で見る化石や古生物へのあこがれから出発し、次第に「古生物学すること」そのものに魅了されていった若手研究者による「古生物学へのラブレター」であり、将来の研究者たちに向けたポジティブなメッセージなのです。
“古生物学は面白い!”――その感動をぜひ本書を読んで体感してください。
しかし、そのようなイメージとは裏腹に、実際の研究現場は大きく異なります。古生物学は生命の誕生から始まる約40億年にわたる地球生命の歴史を対象としています。そのため、研究対象は恐竜だけに限られるわけではありません。また、ロマンチックなイメージとは対照的に、現場の研究者たちは研究の中で困難や葛藤に日々直面しています。
今回ご紹介する『古生物学者と40億年』(泉賢太郎著、ちくまプリマー新書)は、古生物学という学問の一般的なイメージと実際の研究現場との間に存在するギャップに焦点を当て、「古生物学者が普段どのようなことを考え、どのような研究を行っているのかという研究現場の様子」を明らかにしようとする一冊です。
若手研究者、古生物学研究の未来を想う
著者の泉賢太郎氏は1987年生まれの若手研究者です。東京大学で博士号を取得した後、日本学術振興会の特別研究員PDを経て、現在は千葉大学教育学部准教授としてご活躍中です。専門分野は古生物学で、特に生物の巣穴や足跡、糞などの生痕化石に関する研究で知られています。他の著書に、『ウンチ化石学入門』(集英社インターナショナル)、『生痕化石からわかる古生物のリアルな生きざま』(ベレ出版)、『化石のきほん』(誠文堂新光社)などがあります。本書全体に通底しているのは、古生物学の将来を危惧する泉氏の熱い思いです。泉氏によれば、現在日本にいる古生物学研究者はせいぜい数百人程度で、山積みの研究課題を前に全く研究者の数が足りていない状況だといいます。ましてや、これから少子化が進んでいくと、古生物学を担う人材はますます減少していきます。「古生物学は、このままでいいのだろうか?」――学問としての古生物学を途絶えさせてはいけない。ロマンあふれるイメージとは違って、実際はわからないことだらけの研究現場であっても、「古生物学は面白いんだ!」と。本書を読んでいると、泉氏の熱意がひしひしと伝わってきます。
古生物学研究者のリアル
本書で紹介されている古生物学者の研究現場の一部をご紹介しましょう。まず、「化石を発掘してからがスタートライン」についてです。古生物学といえば、一般的には大規模な化石発掘調査のイメージが強いのですが、泉氏は「古生物学の研究=化石発掘」とは限らないと強調しています。実際には、化石を発掘した後が研究者にとって真の腕の見せ所となります。
ここで古生物学研究の一般的な流れについて確認しておきましょう。
まず最初に仮説を立てます。この仮説を検証(あるいは反証)するために、選定された特定の化石が研究対象として用いられます。次に、化石の観察や分析を行い、化石の特性を数値化します。その後、得られたデータは統計的な解析や専門的な画像処理を通じてさらに詳細に解析されます。最終的には、これらの解析結果が仮説と整合するかどうかを判断します。
このように、化石は発掘して終わりというわけではなく、むしろその後に研究者の仕事があるのです。また、研究が成功するかどうかは、フィールドワークに先立つ事前準備に大きく依存しているといいます。この段階では、研究室での化石観察や、データ解析、関連する先行研究・論文の読解などが行われます。
さらに、最近では数理モデルを用いた研究アプローチが盛んになっています。例えば、絶滅種の体重を推定する際に、直接測定することはできません。脊椎動物では、特定の骨のサイズや翼の面積と体重との間に一定の関係があることが知られています。この知識をもとに、研究者は経験則に基づく数式を使用して体重を推定します。これらの計算は紙とペン、あるいはコンピュータを使って行われます。
このように、古生物学者は1年の大半を室内での研究に費やしているのです。イメージよりも、ずっとインドアな生活ですね。
古生物学者の葛藤――研究者を悩ませるバイアス
私たちが通常目にするのは、古生物学の研究成果だけです。これはいわば表面だけが見えている状態で、その背後にある研究現場の詳細を知る機会はほとんどありません。実際、研究者たちは複雑な状況の中で試行錯誤を重ねながら研究を進めています。ここでは、そんな研究者たちが直面するバイアスについて見ていきましょう。古生物学の研究では、大昔の年代の地層を調査して、そこに含まれる化石の種類を調べることになります。そこで問題になるのが、「古い年代の地層ほど少ない」ということです。古い年代の地層は、風化・浸食作用を受けている時間が長いため、新しい年代の地層に比べて量が少なくなってしまいます。そうすると、地層に含まれる化石の種類と数という基本的な情報ですら、地層の現存量という不可避のバイアスに影響されてしまうのです。
また、研究する人間の側にもバイアスが存在します。代表的なものとして「調査努力量」が紹介されています。たとえば、ある地層から化石が多く見つかった場合、その地域は生物の多様性が高かったと解釈されがちです。しかし、実際には、他の調査に比べて単により多くの時間や資源が投入されただけかもしれません。このように、化石採集に費やされる努力量の違いによって、得られる古生物学的情報が大きく変わってしまうことがあるのです。
未来の古生物学研究者に向けて
本書では、ロマンあふれる古生物学の研究成果だけでなく、そこに至るまでの研究者たちの地道な努力が描かれています。研究の背後にある苦労や研究者不足の問題にも触れながら、それでも古生物学が未開拓の「ブルーオーシャン」であることが最後に強調されています。古生物学の広大な研究領域には、探求すべき多くの未知が残されており、新しい研究者には大きな可能性が広がっているのです。あとがきで、初稿を読んだ担当編集者の方が「泉さんの古生物学への愛を感じました」と言ったというエピソードが紹介されています。この本は、図鑑で見る化石や古生物へのあこがれから出発し、次第に「古生物学すること」そのものに魅了されていった若手研究者による「古生物学へのラブレター」であり、将来の研究者たちに向けたポジティブなメッセージなのです。
“古生物学は面白い!”――その感動をぜひ本書を読んで体感してください。
<参考文献>
『古生物学者と40億年』(泉賢太郎著、ちくまプリマー新書)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480684806/
<参考サイト>
泉賢太郎氏のウェブサイト
https://sites.google.com/site/kentarotizumi/kentaro-izumi-ph-d
泉賢太郎氏のX(旧Twitter)
https://twitter.com/seikonkaseki
『古生物学者と40億年』(泉賢太郎著、ちくまプリマー新書)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480684806/
<参考サイト>
泉賢太郎氏のウェブサイト
https://sites.google.com/site/kentarotizumi/kentaro-izumi-ph-d
泉賢太郎氏のX(旧Twitter)
https://twitter.com/seikonkaseki
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