テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2024.06.04

『日本列島はすごい』が伝える、この島国で生きる醍醐味

 日本の気候や風土は独特です。年間を通して雨が降り、豊かな森林が育っています。一方で、地震、火山、台風などといった自然の猛威と隣り合わせでもあります。日本に住んでいると当たり前かもしれませんが、実は世界的にみても、これほど変化の富んだ、メリハリのある環境はそう多くはないようです。一体どういった理由でこのような自然環境が出来上がっているのでしょうか。『日本列島はすごい-水・森林・黄金を生んだ大地』(伊藤孝著、中公新書)では、この点について詳しく説明されています。

 筆者の伊藤孝氏は1964年宮城県生まれで、現在、茨城大学教育学部教授であるとともに茨城県地域気候変動適応センター運営委員を務められています。専門は地質学、鉱床学、地学教育です。また、2005年から2012年までNHK高校講座「地学」を担当されていました。

 さて、本書ではそれぞれのテーマではさまざまな逸話などが加えられます。例えば、「おくのほそ道(松尾芭蕉)」の話では、当時の風景や岩石に染み入る音の理由が岩の質の面から解説されます。

 また、黒潮の動きは小松左京の言葉をもとに「下腹をなであげる」と表現されたり、コリオリ(回転体の上を動く物体に働く力)の説明ではウサインボルトが例に取り上げられます。伊藤氏の現実感覚が、最先端の地学と一続きであることがわかる部分です。ちなみに、調査に訪れた水戸の鹿沼土(ホームセンターで売られる園芸用土)が露出した住宅分譲地では、思わずこの地での庭のある生活を夢想して心が揺れたそうです。伊藤氏の気さくな人柄も伝わってきます。

日本の火山は水が作る

「行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」は、鴨長明『方丈記』の出だしです。日本の平均降水量は世界平均よりも多いのですが、特定の時期に集中するわけでもなく、また森には保水力があり、傾斜もあるため、いったい雨水が流れてもまた後から後から流れるわけです。多くの温泉も実は、雨水が大地の割れ目から地下深部に染み込み、マグマ溜まりに温められて地上に戻ってきたものとのこと。

 さらに興味深いことに、日本には111個の活火山がありますが、この原因に水が関係しています。通常1500℃ぐらいにならないと岩石は溶け始めないのですが、水があると500℃も低い条件で岩石が溶け、マグマを作りはじめるそうです。これが少しずつ上昇していき、マグマ溜まりをつくり、地上に現れると火山となります。

 こういった点から、日本列島は上からも下からも豊富な水が供給される「水の恵みの列島」であり、見方を変えれば「水攻めが運命付けられた列島」であると伊藤氏は言います。

鉄資源の少なさが森を守った

 その昔、光合成生物が生まれ、海に酸素を放出するようになったことで、海に溶け込んでいた鉄が酸化して沈殿しました。この時の地層が「縞状鉄鉱層」と呼ばれるものですが、この沈殿が終了したのは24億年も前のことです。一方、日本列島を作る地層の多くは中生代のジュラ紀以降、2億年前であり、最古の地層でも約5億年前です。ということで、日本には鉄資源が少なく、鉄鉱石は100%輸入です。

 それでも、日本刀は「たたら製鉄」によって作られてきました。この原料となったのは花崗岩の中にまばらにある真砂砂鉄(まささてつ)や赤目砂鉄(あこめさてつ)です。しかし、実はこの花崗岩の鉄の含有量は低く、鉄資源と呼べるものではないとのこと。非常に不合理に思えますが、実際には鉄としての混じり気のなさが優良、つまり微量元素の含有量がはるかに少ない(純度が高い)そうです。このことで鉄製品の質がとても高くなっています。

 また、「たたら製鉄」では大量の薪・炭を使います。もし鉄資源が豊富だったとしたら、森林を根こそぎにしたかもしれません。しかし、鉄の量が少なかったことでそうはならず、また薪や炭のために伐採したあともすぐに植樹したそうです。そこに豊富に雨が降ります。さらに、日本では火山が噴火したり、断層運動や地滑りが起こったりして、新たな岩石が地表に現れます。その岩石が風化して新たにミネラルが供給され、豊かな森が維持されます。

あらゆる偶然が作り上げるメリハリの効いた環境

 日本の豊かな森が維持されてきたのには、ほかにもさまざまな理由があります。たとえば、豊富な降水量、火山の存在、黄砂の供給、岩石の若さ、さらにヤギ・ヒツジといった若芽を食べて森を荒廃させてしまう動物の不在、氷床が発達しなかったことといった無数の偶然の重なりが挙げられています。

 森林以外にも、日本の地理的特異性はさまざまなものがあります。たとえば、日本列島が西太平洋の低緯度域に分布する暖水プールの真北にあることで台風が頻繁に襲ってくること。これにより陸地に大量の水が供給されます。

 また、太平洋では水が大きく時計回りに循環しており、この循環の中心は地球の自転の影響で西に偏っています。このことで太平洋の西にある日本近海では流速の速い黒潮が流れ、それが対馬海流に分岐して日本海側にも大きな暖流がながれこみます。この暖流により日本海側では大雪が降る一方で、太平洋側では乾いた冷たい北風が吹くのみです。これは300万年前に始まった東西の圧縮により高い山が形成されたことによります。

 他にもありとあらゆる自然上の偶然が重なり、日本はメリハリの効いた「すごい」環境を作り上げています。

島国・日本で生きていることの醍醐味を実感しよう

 地球の歴史から見れば、日本はかなり新しく、若い島国です。伊藤氏はこの日本を「じゃじゃ馬」「暴れ馬」と表現します。活火山、地震、台風は風光明媚な景観、肥沃な土地、豊富で美しい水、よりどりみどりの温泉を生み出しますが、もちろん危険もあります。この点について伊藤氏は、首都圏に3500万人が暮らす現在の一極集中ぶりに警鐘をならし、日本の各地に独立性の高い都市を維持していくことの重要性を提示しています。

 本書を読むと、日本で生きる私たちの感覚と、地理学的事実が密につながってきます。また、話は日本から世界へ、あるいは地球の内部までシームレスに広がっていくので、読み進めることで、日本の自然がどれだけ偶然の積み重ねでつくられているのか、また、日本がどれだけ豊かでどれだけ危険な土地なのか、理解することができるのです。そして、島国であるこの地で生きていることの「すごさ」、その醍醐味を実感することになるでしょう。ぜひご一読ください。

<参考文献>
『日本列島はすごい-水・森林・黄金を生んだ大地』 (伊藤孝著、中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2024/04/102800.html

<参考サイト>
伊藤孝氏のwebサイト
https://chigakumorimori.wixsite.com/website-2

伊藤孝氏のX(旧Twitter)
https://twitter.com/reishutosoba

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

「言論の自由の侵害」と「移民排斥」はあまりに不合理

「言論の自由の侵害」と「移民排斥」はあまりに不合理

第2次トランプ政権の危険性と本質(7)言論の自由の侵害と移民排斥

多様性を尊重するリベラリズムとは逆行するトランプ大統領の動きは、人々の自由や司法の独立性を脅かすような横暴に向かっている。そのトランプが強く押し出す移民排斥の指針にも問題点が多い。経済、治安の観点から移民に関す...
収録日:2025/04/07
追加日:2025/06/21
柿埜真吾
経済学者
2

なぜ「やる気のある社員」が日本では6%しかいないのか?

なぜ「やる気のある社員」が日本では6%しかいないのか?

営業の勝敗、キリンの教訓(1)やる気のない社員になる理由

ベストセラー『キリンビール高知支店の奇跡』の著者で元キリンビール副社長であった田村潤氏に、キリンでの経験と営業の勝敗を分けるポイントを聞く。田村氏がかつて高知支店に配属された1995年は、キリンビールがまさに窮地に...
収録日:2020/09/25
追加日:2021/01/25
田村潤
元キリンビール株式会社代表取締役副社長
3

昼寝が認知症予防に!?脳のグリンパティック・システムとは

昼寝が認知症予防に!?脳のグリンパティック・システムとは

睡眠と健康~その驚きの影響(3)グリンパティック・システムと脳の健康脳

近年の研究では睡眠に「脳の老廃物を除去する」働きがあることが分かってきた。脳に老廃物が溜まると、それが脳の神経組織に障害を与え、認知症(アルツハイマー)を発症するのだという。今回は、そうした「グリンパティック・...
収録日:2025/03/05
追加日:2025/06/19
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
4

重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ

重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ

「重要思考」で考え、伝え、聴き、議論する(1)「重要思考」のエッセンス

「重要思考」で考え、伝え、聴き、そして会話・議論する――三谷宏治氏が著書『一瞬で大切なことを伝える技術』の中で提唱した「重要思考」は、大事な論理思考の一つである。近年、「ロジカルシンキング」の重要性が叫ばれるよう...
収録日:2023/10/06
追加日:2024/01/24
三谷宏治
KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授
5

荻原重秀と大岡越前のリフレ政策…最適な通貨量と経済発展

荻原重秀と大岡越前のリフレ政策…最適な通貨量と経済発展

田沼意次の革新力~産業・流通・貨幣経済(4)田沼意次の評価と具体的政策

田沼意次は、全方位に向けた気配り、心配りを重んじ、また、金融や財政の大切さを強調していた。そんな田沼意次が、さまざまなブレインの声を集めつつ、進めていこうとした政策とは何だろうか。そのことを見ていきつつ、田沼時...
収録日:2025/01/28
追加日:2025/06/20
養田功一郎
元三井住友DSアセットマネジメント執行役員