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DATE/ 2024.07.08

社会学って何?『社会学をはじめる』で学ぶその意味と技法

 みなさんは「社会学」と聞いてどんなイメージを持たれるでしょうか。難解な学問といったイメージを持つ人がいるかもしれません。たしかに、社会学の教科書に出てくる理論には難しいものも少なくなく、パーソンズの社会システム論や、ギデンズの構造化理論などは、実際の社会とどう関係しているかがすぐにはわかりにくいですよね。

 しかし、本来の社会学は私たちの生活に根ざした魅力的な学問です。今回ご紹介する書籍『社会学をはじめる 複雑さを生きる技法』(宮内泰介著、ちくまプリマー新書)は、社会学とは何か、社会学がどのような営みなのかなど、社会学の基礎、その技法について、わかりやすく解説した入門書です。本書を読めば、きっと社会学のイメージが変わるはずです。

社会の現場から見えてくること――社会学者による社会学入門

 著者の宮内泰介氏は、北海道大学で教授を務める社会学者です。環境社会学や地域社会学を専門としており、フィールドワークを通じて現実の社会から学ぶこと、そして生活者の視点を持つことを重視している研究者でもあります。

 そのフィールドは国内だけにとどまらず、長年にわたりソロモン諸島での現地調査も続けています。主な著書に、『どうすれば環境保全はうまくいくのか』(新泉社)、『歩く、見る、聞く 人びとの自然再生』(岩波書店)、『開発と生活戦略の民族誌―ソロモン諸島アノケロ村の自然・移住・紛争』(新曜社)などがあります。

 宮内氏は、本書の中で社会学をこのように説明しています。「社会学とは、人々にとって大事だと思われることについて、しっかりしたデータにもとづいて、考え、また表現するいとなみ」だと。一体どういうことでしょうか。

社会の「わからなさ」と「やっかい」な問題を考える

 本書は社会の「わからなさ」について考えることから出発します。宮内氏によれば、社会は二重の意味で複雑です。ひとつは、時代の進展とともに社会の構造や関係性がますます複雑化してきたということです。グローバル化やテクノロジーの進化により、社会のつながりはさまざまなものを介して複層的に重なり合うようになっています。もうひとつは、意味の複雑さです。現代社会は多様な文化や価値観が混在し、多義的な解釈が可能な状況が広がっています。これにより、同じ現象でも異なる視点からさまざまな意味を見いだすことができます。

 このように、複雑に入り組んだ現実世界を私たちは「社会」と呼びます。そして、社会の問題はいつも「やっかい」なものです。1970年代にホースト・リッテルとメルビン・ウェバーというアメリカの社会政策・都市計画の専門家が「やっかいな問題」(wicked problems)という議論の枠組みを提唱しました。これは、専門家が社会問題を解決することは可能なのかを問うたものです。

 自然科学では、問題が明確に定義され、実験と検証を通じて解決策を見つけることが可能と考えます。それに対して、貧困問題や気候変動、教育格差といった社会問題は、多くの要素が複雑に絡み合うため、完全に解決されることはありません。むしろ、解決策を模索する中で新たな問題が生じ、問題はどこまでも広がっていきます。「社会問題に解決はない」、そのことが社会の抱える「やっかい」な問題なのです。

 完全に解決されることが不可能だとすれば、社会学は無力なのでしょうか。決してそんなことはありません。宮内氏によれば、社会がもつ「やっかい」さは、見方を変えれば多重性、多義性でもあり、その中に問題解決力があると言います。つまり、社会は変わるもの、変えられるものであり、問題をその都度解決していく順応性を持っている。自ら問題を解決する力を秘めた社会を信頼し、ともに歩もうとするのが社会学なのです。

みんな社会学者ってどういうこと?――「社会学実践」という視点

 社会は複雑で多義的なものです。だからこそ、問題解決には合意形成が必須です。社会問題に関しては、専門家に頼っても答えを教えてくれるわけではありません。さまざまなデータをもとに、社会的に合意されたことが問題の「解」となるのです。

 しかし、多様な利害や価値観が絡み合う中で、合意形成は困難なものです。どうすればいいのでしょうか。対話をつみかさねていくしかないというのが本書の答えです。一人ひとりが、何を課題だと感じ、どのような社会が望ましいと考えるのか。対話を通じて共同の規範をつくりあげ、具体的な行動へとつなげていくことが重要だということです。

 これは本書が一貫して説明している社会学のプロセスそのものです。社会学とは専門家だけが行うものではありません。実は多くの人々が日常的に行うことができ、またすでに行っていることなのです。その意味で、私たちはみな社会学を実践するソシオロジスト(社会学)なのです。

 社会学の技法を用いることで、民主主義社会を上手に運営していくことができる。ポイントは、まず聞くことであり、対話すること。そして対話を継続し、蓄積する問題への調査を続けること。そうして収集された「しっかりしたデータ」を分析し、発見されたことをもとに提言すること。

 本書を読めば、こうした社会学の技法を知ることもできます。たとえば、社会学の「分析」とは、「分類・類型化する」「傾向を見る」「比較する」「関係を探る」ことだと第4章で説明されています。詳しくは本書をお読みください。

 宮内氏は本書のおわりで、社会学することの喜びについて言及しています。聞く、対話する、共同で分析する、こうした社会学実践は、つまりコミュニケーションということです。そこから、なにか新しいものが生まれる場に立ち合うことができるのは喜ばしいと。

 ということで、よりよい社会について考えたいすべての人におすすめの一冊です。

<参考文献>
『社会学をはじめる 複雑さを生きる技法』(宮内泰介著、ちくまプリマー新書)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480684868/

<参考サイト>
宮内泰介氏のWebサイト
https://taimiyauchi.jimdofree.com/

宮内泰介氏のX(旧Twitter)
https://x.com/MiyauchiTaisuke

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