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70年代以降の大衆化、根こそぎ変わった日本人の「自然観」

福田恆存とオルテガ、ロレンス~現代と幸福(2)日本人の「自然観」の変質

浜崎洋介
文芸批評家
概要・テキスト
日本人の「自然観」はなぜ変質してしまったのか。この問いに対して、1970年代以降の「大衆化」が決定的だったという浜崎氏。いったいどういうことなのか。1960年代の安保闘争や高度経済成長を経て大きく変化を遂げた日本の社会構造と、それによって変質した日本人の自然観について、見田宗介の言葉などを引用しながら分析する。(全8話中第2話)
時間:13:14
収録日:2024/05/10
追加日:2024/06/23
≪全文≫

●日本人の自然観の変質の理由:憲法9条と高度経済成長


 こんにちは。文芸批評家の浜崎洋介です。ということで、前回の続きということになりますが、だんだんと日本人の自然観が曖昧になっていったと言ったのですが、その背景はもちろんあるわけで、それをまた歴史的に少し確認しておきたいと思うわけです。

 日本人の「自然観」はなぜ変質していったのでしょうか。それを簡単に結論から申し上げると、1970年代以降の大衆化というのが決定的だっただろうと私は考えたのです。もちろん、これは1970年代から始まった話ではなくて、1950年代、1960年代、ずっと続いているわけですが、とくにそれが完成に向けて加速しだしたのが1960年代だったと言っていいかと思います。では、1960年代に、いったい何があったのかを少しだけまとめておきましょう。3つに分けて大きく総括しておきます。

 まず1つ目は(憲法)9条・安保体制が固定化したといっていいかもしれません。9条は、もちろん、皆さんご存じの通り、平和憲法なわけです。平和主義を謳っています。しかしながら、平和主義だけで、ではどうやって安全保障体制をつくるのかという問題がありますから、そこはアメリカにおんぶに抱っこだという形で日米安全保障条約を結ぶ。だから、軍事的にはアメリカにおんぶに抱っこで、あとは国内政治だけやろうというのが、9条と安保のセットということです。ということは、これは最終的に米国に依存していますから、対米依存の形ということになります。

 ただ、問題なのは、1960年までは、まだこの2つのどちらに本当に振ろうかと、拮抗していたことです。その最大の闘争の現場が60年安保闘争だったのです。そこで9条を守れと言った学生たち、あるいは左翼の連中と、もう1つが、それでも安保は大事ではないかと言って、安保改定をしながらそれを永続させようとした政治家たちが対立したわけです。

 そして、どうなったか。もちろん、安保側が勝つわけです。ということは、対米依存関係が、そこで固定化されたと言っていいでしょう。しかし、これは決定的に重要なのは、よかったではないかという声も当時はありましたが、長い目で見たときに決定的に重要なのは、次です。

 つまり、1番目です。国家における当事者意識が完全に溶解していくのです。つまり、軍事というのは、国家を運...
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