テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2024.03.22

『現代民俗学入門』が解き明かす私たちの習慣の「なぜ」

 私たちの習慣、風習、ならわしなどについて、「いつから?」や「なぜ?」「どこから?」などと考えてみると、意外とわからないことは多いのではないでしょうか。たとえば、人はいつから化粧をするようになったのか。また、運動会でよく行われる「綱引き」はどこから来たのか、など。

 このようなさまざまな習慣、風習、ならわし、あるいは行事などに関して、民俗学の立場からその歴史や理由を明らかにしていく本が『現代民俗学入門 身近な風習の秘密を解き明かす』(島村恭則編、創元ビジュアル教養+α)です。

 本書では見開きでテーマ一つずつがコンパクトに解説されるので、どこからでもすぐに読むことができます。解説に目を通したり、図解などの補足情報をみるだけでも興味深い発見があります。もっと知りたくなったら、そのテーマに関する書籍も紹介されているのでそれらを参考にすることもできます。ということで、たいへん親切なつくりの本となっているのです。編者の島村恭則氏は1967年東京生まれ、現在は関西学院大学社会学部長および世界民俗学研究センター長として民俗学の発展と普及に取り組んでいます。

 島村氏の専門は現代民俗学で、他にも『みんなの民俗学』(平凡社)や『民俗学を生きる』(晃洋書房)など、民俗学に関連するさまざまな著書があります。なお、本書で主に執筆を担っているのは、現在最前線で研究を行なっている中堅・若手の民俗学者たちです。島村氏は項目の一部を執筆するほか、編者として全体を統括しています。

民俗学とは何か

 島村氏によれば、民俗学とは「人びと(民)について『俗』の視点で研究する学問」とのことです。「俗」とは「ルーティン(習慣的な行動)」「うわさ話」「おまじない」「仲間内にしか通じない言葉」といったもののことをさしています。この中には、SNSなどで伝えられる都市伝説や陰謀論なども含まれます。

 民俗学はこういった「俗」としての物事に対して、「どういう経緯でそうなったのか」を調べたり考察したりしながら、その意味までを明らかにします。ただし、それだけだと単に物知りになるだけなので、「過去を使って現在を読み解き」「未来をいかにつくっていくか」までを考えるのが民俗学である、と島村氏は述べます。

 また、古くから続く風習や習慣の中には「捨ててしまってよい俗」もあれば、「残しておいてもよい俗」もあり、現代的な俗としてリニューアルできるものもあるとのこと。さらには新しく生まれる俗もあるということで、「俗的なものは必ずついてくる、ならば積極的に活用していこう」というのが民俗学による未来構想の考え方とのことです。

化粧は「ケ(日常)からハレ(非日常)への転換のスイッチ」

 本書の目次をみると、日本に住む私たちが普段から意識せずにいるさまざまな風習や習慣、考え方といったものが列挙されています。これについて各項目で解説されたり情報が補足されたりします。たとえば最初に挙げた「人が化粧をするようになったのはなぜなのか」ということについての解説を見てみましょう。

 もともと「古代の化粧はケ(日常)からハレ(非日常)への転換のスイッチとして機能していた」とのこと。化粧をすることで神が憑依する、つまり人が神に変身します。また、邪霊が体に入るのを防ぐ魔除けとして機能するとも信じられていたようです。これは仮面や入れ墨も同様です。つまり、古代において化粧や仮面、入れ墨といったものは、非日常の世界で人間が神聖なものに変身するための手段だったと言いえるでしょう。

 本書の解説で触れられているのはここまでですが、ここから現代の化粧について考えることができます。従来の化粧はかなり非日常的な行為だったことがわかります。一方で、現在でも化粧をすることで自身を外出モードや仕事モードにする、もしくはここぞという時にはメイクに気合を入れる、という人もいます。つまり、現代でも何か非日常に向けて自分を変身させる行為として、化粧を活用する場面は大いにあるといえるでしょう。この意味では現代でも化粧の本質はそこまで変化していないのかもしれません。

綱引きは「占い」だった

 さて、運動会で定番種目の一つとして挙げられるのが綱引きです。ただし、よく考えてみれば、綱引きは一般的なスポーツや陸上競技とは何か違う印象もあります。綱引きに限らず、運動会で行う競技は他にも一般的な陸上競技とは異なるものも多く、民俗学的な研究の場となりそうではあります。

 では「綱引き」にはどういう由来があるのでしょうか。

 全国的に行われている綱引きのルーツは西洋にあり、もともとは明治時代の学校の運動会からだったそうですが、これとは別に日本では昔から綱引きが行われており、それは「カミの意志を伺うため」だったとのこと。秋田県で今も続いている「刈和野の大綱引き(秋田県大仙市)」がこの事例として紹介されています。このお祭りでは町が上組と下組に分かれて競い、上組が勝てば米の値段が上がり、下組が勝てば下がるとされているそうです。こうした行事を民俗学では「年占行事」と呼びます。

 このテーマの解説部分では、「年占行事」と関係が深いものの対応表があります。これによると、松上げ=玉入れ、競べ馬=競馬、流鏑馬・オビシャ=的当て、相撲=大相撲、競舟=ボートとの対応関係です。特に相撲に関してはわかりやすいかもしれません。神事としての色合いを濃く残しながら、現代の形へと発展してきたということです。

民俗学は「みんなの学問」

 本書の最後には「俗」の要素として次の4つが挙げられています。

「支配的権威になじまないもの」
「近代的な合理主義では必ずしも割り切れないもの」
「『普遍』『主流』『中心』とされる立場にはなじまないもの」
「公式的な制度からは距離があるもの」

 つまり、上からやらされるものではなく、その空間を共有する人たちの間で盛り上がるものが「俗」であるといえそうです。これが習慣や慣習、ひいてはスポーツとなっていくのは興味深いところで、現代までにそういった成り立ちをしている習慣がかなり多いことがわかります。

 本書の冒頭部分では、「民俗学は、『みんなの学問』です。一部の専門家だけの学問ではなく、みんなでお互いの暮らし、お互いの『俗』について話し合い、より良い未来を作っていく学問です」と島村氏は述べています。

 つまり、「みんなの学問」として、私たちの身近な習慣、風習、慣習にスポットライトをあて、「そうか!そうだったんだのか」という新発見、再発見を与えてくれるのがこの本です。目次をみて興味を持ったところから読めば、その都度気づきが訪れます。ぜひ手に取って開いてみてください。

<参考文献>
『現代民俗学入門 身近な風習の秘密を解き明かす』(島村恭則編、創元ビジュアル教養+α)
https://www.sogensha.co.jp/productlist/detail?id=4787

<参考サイト>
現代民俗学 関西学院大学 島村恭則研究室のtwitter(現X)
https://twitter.com/kg_vernacular
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,100本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

石田梅岩が唱えた「商売の基本」、不足の共有化が鍵

石田梅岩が唱えた「商売の基本」、不足の共有化が鍵

石田梅岩の心学に学ぶ(4)商売の基本と梅岩教学

石田梅岩の大きなテーマである「商売の基本」はどこにあるか。それは「不足」についての認識を共有化することだと田口氏は言う。20年の探究が実を結び、石田梅岩が講席を開いたのは1729年。以後、講席は15年続くが、本人の講義...
収録日:2022/06/28
追加日:2024/04/29
田口佳史
東洋思想研究家
2

なぜ民主主義が「最善」か…法の支配とキリスト教的背景

なぜ民主主義が「最善」か…法の支配とキリスト教的背景

民主主義の本質(1)近代民主主義とキリスト教

ロシアや中華人民共和国など、自由と民主主義を否定する権威主義国の脅威の増大。一方、日本、アメリカ、西欧など自由主義諸国における政治の劣化とポピュリズム……。いま、自由と民主主義は大きな試練の時を迎えている。このよ...
収録日:2024/02/05
追加日:2024/03/26
橋爪大三郎
社会学者
3

繁華街・新宿のルーツ、江戸時代の遊女が働く飯盛旅籠とは

繁華街・新宿のルーツ、江戸時代の遊女が働く飯盛旅籠とは

『江戸名所図会』で歩く東京~内藤新宿(2)「夜の街」新宿の原点

歌舞伎町を筆頭に、東京でも有数の繁華街を持つ新宿だが、その礎は江戸時代の内藤新宿にあった。遊女が働く飯盛旅籠(めしもりはたご)によって、安価に遊興できる庶民の「夜の街」として栄えた内藤新宿の様子を、『江戸名所図...
収録日:2024/02/19
追加日:2024/04/28
堀口茉純
歴史作家
4

日本は再エネが難しい!?再エネ比率が高い国との相違点

日本は再エネが難しい!?再エネ比率が高い国との相違点

日本のエネルギー&デジタル戦略の未来像(3)電力の部分最適と全体最適

サステナブルな電力の供給と消費が求められる現代社会。太陽光発電のように電力の生産拠点が多元化する中で、それぞれの電力需給と国全体の電力需給のバランス調整が喫緊の課題となっている。実はヨーロッパなどの「再エネ比率...
収録日:2024/02/07
追加日:2024/04/27
岡本浩
東京電力パワーグリッド株式会社取締役副社長執行役員最高技術責任者
5

イーロン・マスクと対立…ChatGPT大ブームまでの紆余曲折

イーロン・マスクと対立…ChatGPT大ブームまでの紆余曲折

サム・アルトマンの成功哲学とOpenAI秘話(2)ChatGPT開発秘話

仕事をはじめさまざまな生活シーンで多様な役割をこなすチャットボットとなった「ChatGPT」。OpenAIが公開したこのサービスが世界中を驚かせるまでには、その創業に携わったサム・アルトマンとイーロン・マスクの対立など紆余曲...
収録日:2024/03/13
追加日:2024/04/26
桑原晃弥
経済・経営ジャーナリスト