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DATE/ 2024.09.26

『哲学の問い』からはじまる「生きた哲学」思考への道

 哲学の本や教科書を読んでいると、「誰々がこう言った」「誰々がこう考えた」といった記述ばかりで、退屈に感じたことはないでしょうか。哲学を学ぶということが、まるで過去の哲学者が考えたことを覚え、その人物の思考過程をたどることに終始しているように思えてしまう……。そんなイメージをお持ちの方も少なくないのでは。

 しかし、本来の哲学はそうした「哲学者学」ではなく、自分自身の思索を深める行為、すなわち「哲学する」ことにこそ面白さがあるのです。今回ご紹介する『哲学の問い』(青山拓央著、ちくま新書)は、その「哲学する」方法を実践的に伝えてくれる、従来の形式にとらわれない新しい哲学入門書です。この本を読むことを通じて、過去の哲学者たちがそうしてきたように、あなた自身が「哲学する」ことに挑戦することができるのです。

哲学者が実際に「哲学する」ところを見せてくれる

 本書の著者、青山拓央氏は京都大学で教授を務める哲学者で、時間、言語、自由といったテーマを中心に研究を行っています。時間論に関する研究では、日本科学哲学会の第1回石本賞を受賞しています。また、山口大学時間学研究所に所属していた際には、グループとして文部科学大臣表彰科学技術賞を受賞するなど、高い評価を受けています。

 青山氏は専門的な哲学研究にとどまらず、一般の読者に哲学の魅力を伝えることにも力を注いでおり、複数の哲学入門書を執筆しています。主な著作には、『心にとって時間とは何か』(講談社現代新書)、『時間と自由意志 自由は存在するか』(筑摩書房)、『幸福はなぜ哲学の問題になるのか』(太田出版)、『分析哲学講義』(ちくま新書)などがあります。

 さて、『哲学の問い』の特色は、単なる哲学の知識を解説するのではなく、著者自身が「哲学する」とはどのようなことかを実践し、読者にその姿を見せている点にあります。ありがちな哲学入門書では、哲学史における有名な問いをカタログのように並べるだけで、哲学的な問いがほとんど死にかけているようなものが少なくありません。「生きた哲学」の問いを伝えるためには、「著者自身がその問いと取っ組み合い、たとえ不格好であれ思考を紡ぎ出す姿を見てもらう」ことが最も効果的なのです。

「哲学する」とはどういうことか――出発点は「問いを育てる」こと

 このような考えのもと、本書は前編と後編の二部構成となっています。前編は〈対話〉編で、2人の人物の対話を通して、問いを広げていく過程が描かれています。後編の〈論述〉編では、論述形式で論理的に問いを掘り下げていきます。

 この構成の意図は、「問いを育てる」ことが「哲学する」ことの中心にあり、そのために二つの段階が必要だと著者が考えているからです。まず、問いを「横に育てる」段階では、小さな疑問から広がって、さまざまな問いが生まれていきます。この過程は〈対話〉編で体験することができます。次に、育った問いの中から特定のテーマを選び、論理的に深掘りする「縦に育てる」段階に移ります。この過程は〈論述〉編で示されています。

 このような構成で、バラエティ豊かな24の問いが実際に「哲学され」ていきます。各章は独立して書かれているため、読者は興味のあるところから自由に読み進めることができます。もっと深く学びたい読者のためにブックガイドも付いています。

〈対話〉わたしたちは「同じ色を見ている」のだろうか?

 本書の〈対話〉編の中からひとつをご紹介しましょう。「同じ色を見ている?」と題された対話です。

「ある色を見たときに、同じ色を見ているってどうして言えるのか不思議じゃない?」

 対話はこの素朴な疑問から始まります。

「たとえば、わたしが赤色を見ているときに見えている色は、きみが緑色を見ているときに見えている色かもしれない。そして逆に、わたしが緑色を見ているときに見えている色は、きみが赤色を見ているときに見えているような色かもしれない」

 このように言われて、2人目の人物は考えます。もし本当にそうだとしても、その違いが表面化することはなく、実生活には何の支障もないだろう、と。しかし、ここで対話は終わりません。話はいったん落ち着いたかのように見えて、新たな疑問が2人の間に浮かび上がります。

「それじゃあ、わたしたちのあいだで色の見え方が逆転しているっていう話は、いったい誰がしているの?」

「わたしが赤色を見ているときに見えている色が、きみが緑色を見ているときに見えている色と同じ色だということを、誰が見ているの?」

「その第三の誰かは、わたしに見えている色やきみに見えている色を直接見る力を持っているはずだけど、誰にもそんな力は持てないっていうのが話の出発点だったんじゃないの?」

 ここで、対話は次第に哲学的な深みへと入っていきます。

「ということは、色の見え方が逆転するという話で伝えたかったことの核心は、色の見え方が逆転するなんて話は誰にもできない、ということなの? でも、これって、色の見え方がぼくたちの間で一致している、という結論とは別だよね」

 こうして、問いは単なる色の見え方の違いから、誰がそれを認識しうるのかという問題へと広がっていきます。対話はさらに続きます。

「他人に見えている色を見るってことは神様にさえ不可能なのかもしれないね。ぼくたちのそれぞれに見えている色を神様が見比べようとしても、いったい何をすればよいのか分からない。無理にそれをしようとすれば、それは神様にとっての色の見え方のもとで何かを見比べることになってしまう。」

「でも、それじゃ、その神様と別の神様とのあいだで色の見え方が逆転している可能性は、もっと偉い神様が語ることになるのかも。そうだとすると、一番偉い神様が最終的な立場でそうした可能性を語るとき、その神様はいったいどんなふうに色を見ることになるんだろう? それはもう、私が知っている〈色を見ること〉とは、ぜんぜん違ったことなんじゃないかな」

 このように、2人の対話は、最初は単なる色の見え方の問題だったものが、やがて認識そのものの意味を問う哲学的探究へと進んでいくのです。問いは枝分かれし、互いに絡み合いながら、複雑な広がりを見せていきます。このように、本書では「同じ色を見ているのか?」という一見単純な疑問から始まった対話が、次第に広がりを見せ、哲学的な問いを次々と生んでいく様子が描かれているのです。

 本書は、実際に「哲学する」ことに興味を持つ人にとって最良級のガイドブックです。哲学的な問いに自分で取り組む方法を学べるので、単なる知識の習得にとどまらない哲学体験を得ることができます。ぜひ書店で手に取って、あなた自身の「生きた哲学」をはじめてみましょう。

<参考文献>
『哲学の問い』(青山拓央著、ちくま新書)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480076328/

<参考サイト>
青山拓央氏のX(旧Twitter)
https://x.com/aoymtko
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