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公園から現代社会の問題を考える『遊びと利他』
最近、公園に行くと息苦しさを感じることが増えてきました。安全性を理由に昔ながらの遊具が撤去され、ボール遊びや花火などを禁止する看板があちこちに立てられています。かつては子どもたちが自由に走り回り、にぎやかな声が響いていた場所も、今ではその活気が失われつつあります。私たちは、何を守り、何を失おうとしているのでしょうか。
今回ご紹介する『遊びと利他』(北村匡平著、集英社新書)は、フィールドワークとして全国の公園や遊具を研究してきた著者が、公園をめぐる効率化や管理化の問題に向き合い、「利他」という視点からその解決策を探る現代社会論です。
2000年前後には「箱ブランコ」で相次いだ死傷事故がきっかけとなり、特定の遊具が危険視され、全国で撤去が進みました。自治体や遊具メーカーが責任回避を目的にリスクを避けようとする中で、公園の空間は急速に変化していきました。
その後の20年間で、日本における新自由主義化の進展とともに、公園での遊びは管理化・効率化が進みました。安全性を追求した遊具や公園のデザイン自体は決して悪いことではありませんが、北村氏は「行き届いた配慮と高い安全性にはマイナス面もある」と指摘しています。
北村氏は、このように管理された公園に「間」や「余白」が欠けていると言います。遊具に「遊ばされている」感覚が残り、本来の遊びの自由さが失われているのです。しかし、子どもたちは本来、作り手の意図とは無関係に遊ぶものです。その意図を「転覆」し、新たな遊びを見いだすときにこそ、子どもの創造性が発揮されるのです。
たとえば、利他は通常、人間同士の間だけでやり取りされるものですが、本書では「空間」「モノ」「人間」の織りなす相互行為として捉えます。そして、個人の主体的な行為から離れ、モノや自然といった人間以外のアクターにも着目して「遊び」が考察されるのです。
本書で取り上げられる利他論は、従来のものとは異なる新しい理解に基づいています。この新たな利他論に取り組んでいるのが、東京工業大学(現:東京科学大学)を拠点とする未来の人類研究センターの「利他プロジェクト」です。
本書の著者である北村匡平氏は、東京工業大学(現:東京科学大学)リベラルアーツ研究教育院の准教授で、主に映画の批評や研究を行っています。北村氏はこのプロジェクトの2代目リーダーを務め、本書では最新の利他論を参照しながら、子どもの遊び場をテーマに議論を展開しています。
北村氏は子どもの創造性を高める遊具に必要な空間として、「目眩空間」「遭遇空間」「休息空間」「秘匿空間」「崇高空間」の五つを挙げています。これらはすべて、大人の計画や管理からは外れた空間です。たとえば、多くの公園に設置されている大型の「タコ遊具」には、内部にいくつもの滞留スペースがあります。これが「休息空間」になったり、「秘匿空間」になったりして、大人の視線から逃れることができます。また、秘密基地のような秘匿性の高い空間も、子どもの創造性を引き出す場となり得ます。
「危険でスリルを感じられる遊び」を好む子どもにとって、「恐怖に挑戦し、乗り越えていくステップ」は欠かせません。「効率よく遊んだ気にさせる遊具」が増え続ける現代の公園からは「全身の感度を高めて世界や他者を味わう遊びの体験」が失われつつあります。今求められているのは、このような空間や環境に利他的な行動を引き起こす可能性をどのように組み込むかという視点なのです。
北村氏は「公園は社会が求める思想や価値を具現化する空間である」と語ります。公園で顕在化している問題は、現代社会の抱える課題そのものを映し出しています。本書は、子どもや遊びに限らず、広く社会の問題について考えたい人にも必読の一冊といえるでしょう。ぜひ通読ください。
今回ご紹介する『遊びと利他』(北村匡平著、集英社新書)は、フィールドワークとして全国の公園や遊具を研究してきた著者が、公園をめぐる効率化や管理化の問題に向き合い、「利他」という視点からその解決策を探る現代社会論です。
「箱ブランコ」はいつから姿を消したのか
本書では、日本の公園の空間や遊具の変遷をたどる「公園遊具小史」がまとめられており、現在の状況を理解するためにとても有益です。この小史によれば、2000年代後半に日本の公園は大きな転換期を迎えたといいます。2000年前後には「箱ブランコ」で相次いだ死傷事故がきっかけとなり、特定の遊具が危険視され、全国で撤去が進みました。自治体や遊具メーカーが責任回避を目的にリスクを避けようとする中で、公園の空間は急速に変化していきました。
その後の20年間で、日本における新自由主義化の進展とともに、公園での遊びは管理化・効率化が進みました。安全性を追求した遊具や公園のデザイン自体は決して悪いことではありませんが、北村氏は「行き届いた配慮と高い安全性にはマイナス面もある」と指摘しています。
公園の効率化・管理化がもたらす息苦しさ
たとえば、東京都府中市にある都立府中の森公園が、最先端の現代型公園として取り上げられています。この公園では、安全・安心のための工夫が多く施されていますが、同時に厳密なルールも定められています。ブランコには「20回こいだら、ほかのおともだちとかわってね」という回数制限が明示されており、トランポリン遊具も安全のためにわざと跳ねすぎないよう設計されています。北村氏は、このように管理された公園に「間」や「余白」が欠けていると言います。遊具に「遊ばされている」感覚が残り、本来の遊びの自由さが失われているのです。しかし、子どもたちは本来、作り手の意図とは無関係に遊ぶものです。その意図を「転覆」し、新たな遊びを見いだすときにこそ、子どもの創造性が発揮されるのです。
新しい「利他論」から開かれる可能性
北村氏は、こうした管理化・効率化の潮流に抵抗するための重要概念として利他に着目します。利他とは一般に「利己」の対義語として、自己犠牲による他者への奉仕を意味しますが、本書における利他概念はより広範な意味を持ちます。たとえば、利他は通常、人間同士の間だけでやり取りされるものですが、本書では「空間」「モノ」「人間」の織りなす相互行為として捉えます。そして、個人の主体的な行為から離れ、モノや自然といった人間以外のアクターにも着目して「遊び」が考察されるのです。
本書で取り上げられる利他論は、従来のものとは異なる新しい理解に基づいています。この新たな利他論に取り組んでいるのが、東京工業大学(現:東京科学大学)を拠点とする未来の人類研究センターの「利他プロジェクト」です。
本書の著者である北村匡平氏は、東京工業大学(現:東京科学大学)リベラルアーツ研究教育院の准教授で、主に映画の批評や研究を行っています。北村氏はこのプロジェクトの2代目リーダーを務め、本書では最新の利他論を参照しながら、子どもの遊び場をテーマに議論を展開しています。
社会を映し出す鏡としての公園――他者への想像力を養う仕組み
先ほどの府中の森公園のように、遊び方が厳密にルール化され、余白がない環境では、利他的な行動が生まれる余地が限られてしまいます。このような、排他性や計画性、支配性といった特徴を持つ「利己的」な遊具や遊び場ではなく、媒介性、偶然性、転覆性といった特徴を持つ「利他的」な遊具や遊び場を設計することが重要だと北村氏は考えます。遊具のデザイン次第で、子どもたちが利他性を発揮できる遊び場を生み出すことができるのです。北村氏は子どもの創造性を高める遊具に必要な空間として、「目眩空間」「遭遇空間」「休息空間」「秘匿空間」「崇高空間」の五つを挙げています。これらはすべて、大人の計画や管理からは外れた空間です。たとえば、多くの公園に設置されている大型の「タコ遊具」には、内部にいくつもの滞留スペースがあります。これが「休息空間」になったり、「秘匿空間」になったりして、大人の視線から逃れることができます。また、秘密基地のような秘匿性の高い空間も、子どもの創造性を引き出す場となり得ます。
「危険でスリルを感じられる遊び」を好む子どもにとって、「恐怖に挑戦し、乗り越えていくステップ」は欠かせません。「効率よく遊んだ気にさせる遊具」が増え続ける現代の公園からは「全身の感度を高めて世界や他者を味わう遊びの体験」が失われつつあります。今求められているのは、このような空間や環境に利他的な行動を引き起こす可能性をどのように組み込むかという視点なのです。
北村氏は「公園は社会が求める思想や価値を具現化する空間である」と語ります。公園で顕在化している問題は、現代社会の抱える課題そのものを映し出しています。本書は、子どもや遊びに限らず、広く社会の問題について考えたい人にも必読の一冊といえるでしょう。ぜひ通読ください。
<参考文献>
『遊びと利他』(北村匡平著、集英社新書)
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-721339-3
<参考サイト>
北村匡平氏のX(旧Twitter)
https://x.com/Kyohhei99
北村匡平氏の研究室(Kitamura Lab)のX(旧Twitter)
https://x.com/kitamuralab99
『遊びと利他』(北村匡平著、集英社新書)
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-721339-3
<参考サイト>
北村匡平氏のX(旧Twitter)
https://x.com/Kyohhei99
北村匡平氏の研究室(Kitamura Lab)のX(旧Twitter)
https://x.com/kitamuralab99
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