●ジェームズ・J・ギブソンのアフォーダンス論
佐々木正人と申します。専門は生態心理学・エコロジカルサイコロジーという領域です。「エコロジカル」は生態学的という意味で、あまり聞きなれない心理学領域だと思います。その生態心理学の中心にあるのが「アフォーダンス」という言葉で、世の中にだいぶ知られるようになったと思いますが、今日はそのアフォーダンスについていろいろな観点からお話しいたします。
アフォーダンスという言葉は、ジェームズ・ジェローム・ギブソンというアメリカの心理学者によるものです。彼は1904年に生まれて1979年に亡くなったのですが、プリンストン大学を出た後、中年期から最後までニューヨーク州の端にあるコーネル大学で長く教鞭を執っていました。
スライドに写真が出ていますが、とてもチャーミングな感じの方です。私は会ったことはないのですが、奥さまにはお会いしてお話をうかがったことがあります。
●ギブソンがまとめた3冊の著書
ギブソン氏は100本近い論文を書いているのですが、生涯で3冊の本をまとめています。1冊目が『The perception of the visual world』というタイトルの本で、日本では「視覚ワールドの知覚」と訳されています。これは“visual world”という言葉を世に出した本です。この本を書いてからずいぶんといろいろ考えて、この本のことを前期ギブソンの著作としています。
2冊目が16年後に書いた『The senses considered as perceptual systems』(日本名で「生態学的知覚システム」)というタイトルの本で、これは私たちが翻訳しました。ここでは身体をベースに感覚受容器への刺激ではなく、空気や水といった環境にあるインフォメーションも身体のインフォメーションとして知覚のリソースになるのではないかという話を展開しています。ここでもうアフォーダンスということが出てきます。
2冊目の著作から13年たった頃のノートがコーネル大学の図書館に残っていてアーカイブ化されています。それを見ると、1970年代に入ってからずいぶんといろいろ検討していることが分かります。最後は癌で亡くなったのですが、自身の死期を悟ってまとめた本が『The Ecological Approach to Visual Perception』です。このタイトルは最初『An Ecological~』であったものを最後に“The”にしたということでギブソン氏の決意が見られるのですが、日本では『生態学的視覚論』と訳されています。
●妻エレノア・ギブソンと奥行き視の研究
奥さんのエレノアさんも心理学者で、「奥行き視」を発見した人です。ヤギなどひづめのある動物は生まれてすぐに立ち上がりますが、そういった動物は生後すぐ奥行きを見ているのです。小さなエリアに寄せるとそこから出ないそうです。生まれてすぐにこういった「奥行き視」のできる動物がいるわけですが、人間の赤ちゃんでもハイハイするときには、もう奥行き視が分かっているということを突き止めました。
「ビジュアルクリフ」(視覚的絶壁)という有名な心理学用語があります。ガラスを重ねた床の上を歩いていって、ある所から床がガラスだけになっている。その下にはチェックパターンがあって、そのパターンが連続しているとします。でも、ハイハイし始めた赤ちゃんはガラスだけになる境目から下に見えるパターンを見て、そこから先には行かないという現象です。エレノアさんは、人間も4カ月くらいでこういった奥行き視ができるということを発見したことで有名です。
●ギブソンによるアフォーダンスの定義
アフォーダンスについて、今回はざっくりとお話ししたいと思いますが、一言でいうと「動物に行為を与える環境のリソース(資源)」ということです。英語に“afford”という動詞があります。“The cow affords milk.”(牛はミルクを与える)という他動詞の“afford”からギブソンが“affordance”という言葉を造語しました。
もともと無かった言葉なので、なかなか理解が難しいため「アフォーダンスは難解だ」と言われていますが、ギブソンの定義はここに書いてあるように「環境が動物に与えるもの、備えているもの(良いものでも悪いものでも)」ですから、危険なアフォーダンスというのもあるわけです。水際に行けば、それは危ないアフォーダンスとなります。
それから「知覚者の外側にある意味(meaning)や価値(value)」であると言っています。また、「環境の事実であり、同時に動物行動の事実である」「アフォーダンスは刺激のように行為を引き起こさない」「アフォーダンスは直接知覚である」というように大きく定義しています。これらのことは順次、説明していきます。
(佐々木正人(著、光文社新書)