●生態心理学者としてのダーウィンを考える
アメリカの生態心理学者にエドワード・リードという人がいて、1990年代に交流があったのですが、40代で心臓病を患い亡くなってしまいました。非常に優れた本をたくさん書いているのですが、彼からチャールズ・ダーウィンのことをいろいろと教えてもらいました。彼によると、ダーウィンはひょっとしたらエコロジカル・サイコロジー(生態心理学)の先駆者だったかもしれないということです。
映像でご覧いただいているのは晩年のダーウィンですが、生涯17冊の本を書いています。『種の起源』はいうまでもなく有名ですが、それ以外にいろいろな動植物を対象にした分厚い観察記録を残しています。
●観察と記録に徹したダーウィンの『植物の運動力』
例えば、『植物の運動力』は亡くなる少し前の1880年に書かれた本です。
これは、多種の植物の幼根や子葉、茎、葉の先端に小さな黒いビーズ玉を付けてガラスの板を置き、それらが動いた痕跡が黒く残るようにしたのですが、それを196枚の図で示した本なのです。私はロンドン郊外のダーウィンの家に行ったことがあるのですが、彼はほとんどそこで暮らしていて、毎日このような観察をしていたようです。
例えば、上にソラマメの幼根に小さな紙片を付けると右に曲がるという図を示しました。
また、上はソラマメの幼根をススを塗ったガラスのそばに置いた時にガラスの上に残した痕跡や、キャベツの幼根の回旋と屈地性(地面に向かっていく)運動、あるいはキャベツの子葉の回旋運動やキャベツの背地性(地面を避けて上に行く)運動などですが、これらは23時間の記録です。
他にも、上にシクラメンの花柄の成長を67時間追った図、ヤマユリの茎の回旋運動37時間の図、ノウゼンハレンの屈日性と回旋運動14時間の図を示しました。このような図が200枚近く載っていて読むのも大変な本です。
●ダーウィンとギブソンの類似点
しかし、よくよく読んでみると、最初の結論は根から茎、花に至るまで植物のあらゆる部分は回旋運動をしているということです。物との接触、重量の方向、光の日内周期や温度、湿度などの要因が複合して、1つの動きに収斂するのです。これはギブソンの情報論と似ているのですが、植物の動きも光りや媒質の状態、重力などさまざまな生態学的なインフォーメーションを受けて動いているのです。
実は、この本の中で1カ所だけダーウィンが比喩を使っているところがあります。それは、「植物の痕跡というのは地中を掘るモグラの穴のように周囲の影響下で生ずる」というものです。ここだけ「モグラの穴のように」という比喩が使われていました。その他はひたすら記録をしているという、すごい本です。
●ランを「受粉器官」の観点から観察
『ランの受精』、これも有名な本です。
5つの族の多種のランの受粉器官を描いた本です。世界中にダーウィンに協力してくれる人たちがいたため、ランに関するいろいろな情報を送ってくれたのです。
これはオーキス・マスキューラというランなのですが、花弁に虫が止まって蜜がある距(花冠やガクの基部から細長く突き出した中空の部分)に管を届かせるために、頭部を柱頭に突っ込むと、「小嘴(しょうし)」と呼ばれる花粉の固まりが付いているところに頭がぶつかって、小嘴が裂けます。すると、粘着盤が屈曲して虫の頭に花粉を付けるのですが、つまり虫の体に花粉を付けるシステムというわけです。
以下のようにいろいろなランの情報を世界中から集めました。
これは、ハエが受粉するオフリス・ムスシフェラというランです。
あるいは、空気中に花粉塊がぶら下がっていて自家受粉も他家受粉もするランもあります。
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