テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.02.19

なぜJASRACは叩かれるのか?

 今年(2017年)2月、日本音楽著作権協会、通称JASRAC(ジャスラック)が、民間で運営されている音楽教室から、レッスンで使用されている楽曲に対して、著作権使用料を徴収するという方針を発表しました。JASRACは2003年から音楽教室側と、楽曲使用料の支払いについて話し合いを行ってきたと話しており、今回その徴収に踏み切った形になります。

 徴収されたくないのなら、著作権の切れているクラシックを使えばいいのではと思うかもしれません。しかし、JASRACが今回提示しているのは「営業利益から使用料として2.5%を徴収する」というものです。開始されればJASRACにとっては年間10~20億の利益になるともいわれます。

 しかし教室側は反撥し、楽曲を制作しているアーティストからも疑問の声があがっています。

 今回の決定を受け、ネットでは多くのユーザーがJASRACを非難し、一種の炎上状態となってしまいました。そもそもJASRACとは何をしている会社なのでしょうか?そして、なぜここまで嫌われているのでしょう?今回は、JASRACと著作権について解説します。

著作権における、いろはの「い」

 今回決定された「著作権使用料の徴収」ですが、そもそも「著作権」について詳しく知らないという方も多いと思います。

 著作権とは、音楽や小説、絵画、写真、建築など、さまざまな表現分野において、自らの思想や感情を形にしたものに発生する権利です。自分の手で作りあげたものに自然に発生するもので、誰かの許可や認可が必要な類いのものではありません。小学生が図工の授業で作った作品にも、著作権はあるのです。

 この著作権を守っているものが「著作権法」で、作品と著作者の権利を保障しています。盗用や、著作権者の意図に反した使い方をされないように、さまざまなルールが決められているのです。必要があれば利用者は権利者に使用料を支払う必要がありますし、作家たちは対価を受け取ることで、また新しい作品を生み出し、文化がより豊かに発展するような仕組みを生んでいるのです。

著作権管理団体が生まれた理由

 しかし、膨大な作品を生み出している作家にとって、ひとつひとつ作品を管理することは難しく、また使用者も多様なため、コントロールができません。たとえば、自分の作った曲がカラオケで歌われたからといって、各地のカラオケボックスに出向き、店から使用料を徴収するというわけにはいきませんよね。そこで、作家に代わり著作権を管理する団体が生まれたのです。

 JASRACもそうした著作権を管理している団体の1つで、音楽の著作権を中心に取り扱っています。日本にはほかにも音楽に関する管理団体がありますが、95%近い作品をJASRACが管理しています。アーティストからすれば、自分のコントロールできない部分をカバーしてくれているわけですし、使用するわたしたちにとっても、日本のほとんどの曲が1箇所で管理されていることは、メリットも大きいはずです。

著作権の権化? なぜJASRACは嫌われる?

 JASRACは基本的に「著作権法」の範囲内で徴収を行っています。ならばなぜ、JASRACはこれほど叩かれるのでしょう?

 そのひとつの理由として、JASRACは今回の「音楽教室からの使用料徴収」の一件からも見て取れますが、企業だけでなく対ユーザーからの徴収も辞さない企業姿勢を示していることが挙げられます。著作権制度としては正しい方針ではあるのですが、その熱心な営業姿勢から「著作権の権化」として、感情論的にあまりよく思われていないのが実状です。

 感情論以外でもJASRACが問題視される理由は挙げられます。代表的なところでは、2009年から争われていた「独占禁止法違反」の問題です。日本の95%の楽曲の権利を所有しているという圧倒的な地盤を元に、JASRACは曲が流れた回数や時間を問わず、各局の「放送事業収入の1.5%」など、一定額を使用料として徴収する「包括契約」を結んできました。このシステムが他社の参入を妨げていると裁判になり、2016年、JASRACが公正取引委員会から「排除措置命令」を受け入れる形となっています。

 他にも、例えばJASRACと契約する際、アーティストは「信託」といって、著作権をいったんJASRACに譲渡する形になります。つまりJASRACが著作権者となるわけです。そうすると、音楽の生みの親であるアーティストでさえ、楽曲を自由に使用することはできなくなり、自身のコンサートであってもJASRACに使用料を支払うことになるのです。

 今回の一件が話題となり、数日後には人気アーティストの宇多田ヒカルさんが自身のTwitterで「著作権料なんか気にしないで無料で使って欲しい」とつぶやき、大きな波紋を呼びました。宇多田さんのつぶやきはアーティストとしてのひとつの意思表示ですが、仮に「自分の曲を無償で提供します」と宣言しても、こうした著作権管理団体と契約している場合、契約上、個人の意志とは別に使用料は発生し続けるのです。

教育のための音楽に著作権料の支払いは必要なのか?

「著作権法」には、「文化の発展に寄与する」という大きな目的があります。つまり、制限をかけ、法律でがんじがらめにするのではなく、新たな創作の場、意欲、目的を保証するためのもので、その上で著作権を正しく管理し、アーティストに還元する、ということになるでしょうか。

 一方、学校などの教育現場において著作権料は発生していません。学校は次世代を担う子どもたちの学びの場であり、文化を発展させるための土壌だからです。今回の音楽教室からの徴収問題のひとつに、学校外であるにしても「教育の場」からの徴収は正しいことなのかということが挙げられます。

 多くのアーティストたちは、子どもたちの成長と教育に、自分たちの曲が使われることを歓迎しているでしょう。たとえそれが無償だとしても、そこに異議を唱える人がどれだけいるでしょうか。

 徴収制度は来年(2018年)1月から開始されるとのことですが、今後も議論は続きそうです。

<参考サイト>
・Twitter:宇多田ヒカル
https://twitter.com/utadahikaru/status/827795199040450560
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
“社会人学習”できていますか? 『テンミニッツTV』 なら手軽に始められます。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,100本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

OpenAI創業者サム・アルトマンとはいかなる人物なのか

OpenAI創業者サム・アルトマンとはいかなる人物なのか

サム・アルトマンの成功哲学とOpenAI秘話(1)ChatGPT生みの親の半生

ChatGPTを生みだしたOpenAI創業者のサム・アルトマン。AIの進化・発展によって急速に変化している世界の情報環境だが、今その中心にいる人物といっていいだろう。今回のシリーズでは、サム・アルトマンの才能や彼をとりまくアメ...
収録日:2024/03/13
追加日:2024/04/19
桑原晃弥
経済・経営ジャーナリスト
2

「和歌」と「宣命」でたどる奈良時代の日本語とその変遷

「和歌」と「宣命」でたどる奈良時代の日本語とその変遷

文明語としての日本語の登場(1)古代日本語の復元

日本語の発音は、漢字到来以来一千年の歴史を通してどう変わってきたのか。また、なぜ日本語は「文明語」として世界に名だたる存在といえるのか。二つの疑問を解き明かす日本語学者として釘貫亨氏をお招きした。1回目は古代日本...
収録日:2023/12/01
追加日:2024/03/08
釘貫亨
名古屋大学名誉教授
3

歴史における「運」とは?ソクラテスの「運」から考える

歴史における「運」とは?ソクラテスの「運」から考える

運と歴史~人は運で決まるか(1)ソクラテスが見舞われた「運」

歴史における「運」とはどういうものだろうか。例えば、富裕と貧困という問題について、「運」で決まるのか、あるいは「運」とは異なる努力、教養、道徳などの要素で決まるのかという点でも、思想家たちの考え方は分かれる。第1...
収録日:2024/03/06
追加日:2024/04/18
山内昌之
東京大学名誉教授
4

急成長するインドネシアとトルコ、その理由と歴史的背景

急成長するインドネシアとトルコ、その理由と歴史的背景

グローバル・サウスは世界をどう変えるか(3)インドネシアの成長とトルコの外交力

グローバル・サウスの中でも高度経済成長を遂げているのがインドネシアだ。長期のスカルノ時代とスハルト時代を経てその後に民主化が進んだ、東南アジアで最大のイスラム教国である。また、トルコは多国間に接する地理的特性と...
収録日:2024/02/14
追加日:2024/04/17
島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授
5

ぬばたまの、あしひきの……不思議な「枕詞」の意味は?

ぬばたまの、あしひきの……不思議な「枕詞」の意味は?

和歌のレトリック~技法と鑑賞(1)枕詞:その1

日本古来の詩の形式である和歌。しかし、その中身について詳しく知っている人は少ないのではないだろうか。渡部泰明氏が和歌のレトリックについて解説するシリーズレクチャー。第一弾である今回は枕詞についてで、その知られざ...
収録日:2019/03/11
追加日:2019/06/15
渡部泰明
東京大学名誉教授