●撃墜事件を複雑化させている2つの問題
皆さん、こんにちは。今日は前回に引き続き、トルコとロシアの間に高まっている緊張についてお話してみたいと思います。
エルドアン大統領の率いるトルコ政府が、今回ロシアの空軍機を撃墜した、またはそれを黙認していることに関しての詳細な背景についてはまだ知られていませんが、私なりに少しそのバックグラウンドについて歴史的に考えてみたいと思います。
トルコが今回このような挙に出たのは、シリアとトルコにまたがる問題が介在しています。今、地図でお見せしていますが、トルコにはハタイ州、あるいはハタイ県と呼ばれているところがあります。ここは、もともとアレキサンドレッタといいまして、伝承では、古代にアレクサンドロス大王が建設した都市とされています。もともとシリアとの係争地域でもあった場所ですが、このハタイ県に接するシリアの要衝(大事な場所)に、バユルブジャクという町があります。バユルブジャクは、もともと北シリア、シリアの北部から東地中海に抜ける重要な土地、すなわち要地です。
ここにあるいくつかの拠点を、ロシアに支援されロシアが軍事指導しているアサド政権のシリア軍が占拠することに成功しました。そこは、実はトルコ人にとって兄弟民族であるトルクメン人が住んでいるところであり、この事実と、もう一つは、クルド問題が今回の撃墜事件とやや複雑かつ厄介な関係を持っているというのが、私の見立てです。
●トルコにとっての大きな脅威-クルド人勢力
エルドアン大統領は、もともとトルコの東南部に勢力を持ち、そしてトルコ共和国の安全保障に脅威を与えているとしたクルディスタン労働者党(PKK)というクルド人の政党と和平、講和の交渉を行ってきましたが、今年6月の選挙で敗北したため、クルド人に強硬姿勢を示すことによって再び11月の総選挙で多数を獲得しようというもくろみから、この交渉を打ち切り、武力行使に再度切り替えました。その結果として、11月の選挙には反クルド票を集めて多数を獲得したのです。
このPKKの出先ともいうべき組織が、シリアにあります。それがPYD(民主連合党、あるいは民主同盟党と訳すことが多い)というグループと、YPG(人民防衛部隊、あるいは人民防衛隊と訳される)という組織ですが、こうしたグループが北シリアに自治国家をデファクト、事実上つくろうとしていることと今回の事件はつながっています。
いましきりにロシア側から情報が流されているように、エルドアン大統領はシリアの武装勢力、イスラム過激派武装団体のテロリストでもあるイスラム国(IS)とつながってきたということがささやかれていますが、客観的にも、もしイスラム国(IS)がなくなれば、トルコとシリアの国境に残る重要な勢力はPYD、すなわちクルド勢力ということになります。そうしますと、これはトルコの安全保障上好ましくないとエルドアン大統領は考えるのと同時に、トルコが領土的に接触し接壌するアラブの隣国がなくなるということを意味します。
エルドアン大統領が首相時代に外相を務めたアフメト・ダウトオール氏(現首相)がかねてから言ってきた、オスマン帝国時代の領土に対して積極的な外交展開をする、いわゆる新オスマン外交、あるいは隣国との問題ゼロ外交といった対アラブ積極外交が、完全に破綻するということを意味します。すでにエジプト、シリア、イエメン、リビア、こうした国々との間に、トルコはいま正常な関係を持っていないという現実があります。これに加えて、またここにクルドという存在を、自治国家なり、事実上の独立国家として許すことになると、トルコの中東外交は破綻するということを意味するわけです。
●トルクメン擁護とクルド勢力の弱体化が必須課題
同時に国内世論においては、常にこのトルクメン人、あるいはトルコ系、イスラム系のアラブやコーカサスに存在している民族に対して、トルコが友好、友情、援助を与えるということが、世論から期待されています。こうした国内世論への対策上からも、シリアの北にいるこのトルクメン民族、トルクメン人たちに対する庇護は不可欠でした。
トルコにとっては、このPYD(民主連合党)というシリアの組織が地中海につながる、あるいは地中海に出てしまうことを阻止し、彼らを内陸部の勢力にとどめておくことがすこぶる重要でした。PYDがもしトルクメン人のエスニッククレンジング(トルクメン人を民族的に浄化すること)に対して放置すれば、これはエルドアン大統領の政党、あるいは彼の威信に関わるわけです。従って、トルコ政府はアサド政権の打倒だけではなく、このクルドのPYDを弱体化する必要もあったわけです。
●ロシアのシリア空爆で崩れたトルコの構想
そこで、ト...