≪全文≫
●北シリアで真っ向対決するトルコとクルド
皆さん、こんにちは。引き続き前回、前々回から受けまして、現在進行中のロシアとトルコの危機についてお話ししてみたいと思います。
いずれにしましても、トルコ側にとって民族問題、すなわち自らの兄弟民族であるトルクメン人が北シリアにいるということ、それに対してアサド政権の軍隊が攻撃を加え、そこにロシア軍、ロシア人の軍事顧問もいて指導していること、こうした事態は誠に面白くないものがありました。そうかといって、トルクメン人を庇護、保護するということが21世紀の新しい露土戦争の引き金になるというのは、全体としてトルコの利益にとって合理的な選択とは言えません。
PYD、すなわちシリアの民主連合党というクルド人の政党、団体は、トルクメン人やアラブ人といった人たちを、内戦期のうちに北シリアから追い払ってしまいたい、あるいは少なくとも強制的な住民交換によって、北シリアに純粋なクルド国家を、自治であれ独立であれ、建設しようとしているのです。これは、同じ北シリアに、トルコ人がスンナ派系のアラブ人やトルクメン人たちを中心とした国家をいずれつくろうというのと、真っ向から対立する考えです。
●米英はフランスの現実主義的な選択肢に追随する以外ない
さて、今回のトルコのこうした行動について、アメリカやヨーロッパ、米欧の同盟国、あるいはNATOは、基本的にトルコの立場を支持すると言いながら、実は大変困惑しているというのが現実です。そもそも彼らにとってトルクメン人とは何か、あるいはトルクメン人の利益について少しも関心を持たないし、そうした民族の存在さえ知らなかったというのが事実ではないでしょうか。NATO、とりわけアメリカはトルコの今回の強硬な措置について困惑しているのです。
全体として、この前、イスラム国の行ったパリ同時多発テロでの大虐殺を機会に、フランスは、シリア戦争の処理、シリア問題の解決に向けてロシアやイランとすでに手を打ち、反IS、イスラム国反対の連合を組むことになったのは、すでに新聞でも伝えられている通りです。テレビを通しても、部分的にご存知の方は多いかと思います。
しかも、フランスがこれまで正面から戦ってきた、また、政権としての正当性がないと主張してきたアサド大統領が暫定政権、あるいは過渡期にしばらく権力に残ることに妥協する気配も見えてきました。気配が見えてきたというよりは、いま私がお話しているような時点では、そうしたアサド政権の存続を認める方向にきているというのが新しい事態です。また、アメリカやイギリスは、具体的にこの問題について、特にシリアの内戦に関して、前からお話ししているように、非常に複雑なスタンス、反ISと同時に反アサドという二つのスタンスをどう両立させるかということに苦慮しているわけです。
アメリカやイギリスにとっても、フランスのとった現実主義的な選択肢に追随する以外ないというのが、私の考えです。オバマ大統領は、そもそもシリアにおける緊張の激化や、あるいは戦争の拡大を望んでいません。国際政治におけるオバマ大統領のいまの最大の関心は、南シナ海における中国の島嶼、あるいは岩礁に対する軍事基地化です。これによって海洋の安全保障や海洋の航行の自由が妨げられるという認識から、この中国の勢力拡大をいかに阻止するか、圧力をかけるかという点に関心があるわけです。日本も、差し当たってはそのようなアメリカの選択に従う、またはそれとタイアップするということでよろしいわけです。
●撃墜措置で国際対立の敗者となったトルコ
トルコは、シリアの今回の戦争、あるいは、アラブの春ならぬシリアの春でトルコが望んだ道筋と、まったく逆の結果を見ようとしているという悲劇に落ち込んでいます。欧米諸国にしても、かつてイラクの北部においてクルド地域政府という事実上の自治国家を認めたのと同じように、今回最低でもシリアにおいてクルド人の自治に反対しないものと思われます。
今回のロシア軍機の撃墜にまつわる国際対立の敗者は、疑いなくエルドアン大統領であり、トルコなのです。シリアの反アサド勢力、あるいはトルクメン人も、いわば日本語でいうところの「そばづえを食った」、つまり、関係のないところで思わぬ災難に会うということですが、必ずしもそばづえを食っただけとはいえないような状況にもあります。しかし、トルコ政府、トルクメン人、反アサド勢力、これらはいずれも今回の国際関係において敗者になったといえるでしょう。トルコは、ロシアと米欧、NATOの双方によって、イスラム国(IS)との関係の断絶を迫られますし、テロとの戦いの強化を理由に、イスラム国に対する作戦への協力をますます迫られることになります。


