トルコ軍ロシア機撃墜問題
ロシア機撃墜事件によるトルコとの直接対決の危険性
トルコ軍ロシア機撃墜問題(1)募る緊張、関係悪化の背景
政治と経済
山内昌之(東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授)
歴史学者・山内昌之氏が、11月に起こったトルコ軍のロシア機撃墜という時事問題を、地政学、歴史学、国際関係史の視点から多角的に考えるシリーズ講話。第1話では、友好的な関係にあったトルコとロシアに緊張をもたらした、その背景について解説する。(全4話中第1話目)
時間:11分02秒
収録日:2015年12月2日
追加日:2015年12月21日
収録日:2015年12月2日
追加日:2015年12月21日
≪全文≫
●トルコ軍によるロシア機撃墜で直接対決の危険性
皆さん、こんにちは。11月24日のトルコ空軍の飛行機によるロシア軍機の撃墜は、シリア問題や現在のロシア・トルコ関係に大変重要な影響を与えています。それのみならず、緊迫感、緊張感はますます募る一方です。後から歴史を回顧したとき、この事件はいわゆる「第2次冷戦」を深めることになった要因であったと言われるかもしれません。トルコの行為は、ロシアからするならば、中東において新しい国のあり方、線引き、ひいては勢力分布の再編、国家の線引きを試みる上で、地政学的な挑戦と受け止められたというのが事実だと思います。
トルコは、エネルギーの観点から見ますとロシアに全面的に依存していると言ってもよく、特に天然ガスについてロシアに多くを負っています。この意味では、トルコはエネルギー的にロシアの属国、あるいは衛星国であるとさえ、時に揶揄されてきました。レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領個人について言いましても、大変個性的で誇りの高い大統領であり、名指しで他国の大統領や首相を批判することで知られていましたが、これまでウラジーミル・プーチン大統領を名前を挙げて批判することは、一度もありませんでした。
そのようにロシアとトルコの間にはほとんど懸案もなく友好的な関係があったのに、今回なぜこのような思い切った挙に出たのかというところが、大変重要な点です。つまり、これはイスラム国の問題も絡め、かつシリアのアサド政権のあり方も巻き込んだ形で、ロシアとトルコが直接的に対決するかもしれないという危険性を示したものに他なりません。
●過去におけるロシア軍の領空侵犯
まず今回の事件は、10月初旬にロシアがシリアに対して空爆を開始した後、ロシア軍の飛行機が幾度かトルコの領空を侵犯したという、そういう過去があります。ある時などは、Su‐30(スホイ30)などをはじめとしたロシアの空軍機が5分以上にわたってトルコのF‐16をレーダー照射した(ロックオンした)ということも伝えられています。
トルコとNATO(North Atlantic Treaty Organization 北大西洋条約機構)は、こうした行為についてすこぶる危険であると抗議し、NATO事務総長のイェンス・ストルテンベルグ氏は、トルコ南部への地上軍部隊の派遣さえ提案したほ...
●トルコ軍によるロシア機撃墜で直接対決の危険性
皆さん、こんにちは。11月24日のトルコ空軍の飛行機によるロシア軍機の撃墜は、シリア問題や現在のロシア・トルコ関係に大変重要な影響を与えています。それのみならず、緊迫感、緊張感はますます募る一方です。後から歴史を回顧したとき、この事件はいわゆる「第2次冷戦」を深めることになった要因であったと言われるかもしれません。トルコの行為は、ロシアからするならば、中東において新しい国のあり方、線引き、ひいては勢力分布の再編、国家の線引きを試みる上で、地政学的な挑戦と受け止められたというのが事実だと思います。
トルコは、エネルギーの観点から見ますとロシアに全面的に依存していると言ってもよく、特に天然ガスについてロシアに多くを負っています。この意味では、トルコはエネルギー的にロシアの属国、あるいは衛星国であるとさえ、時に揶揄されてきました。レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領個人について言いましても、大変個性的で誇りの高い大統領であり、名指しで他国の大統領や首相を批判することで知られていましたが、これまでウラジーミル・プーチン大統領を名前を挙げて批判することは、一度もありませんでした。
そのようにロシアとトルコの間にはほとんど懸案もなく友好的な関係があったのに、今回なぜこのような思い切った挙に出たのかというところが、大変重要な点です。つまり、これはイスラム国の問題も絡め、かつシリアのアサド政権のあり方も巻き込んだ形で、ロシアとトルコが直接的に対決するかもしれないという危険性を示したものに他なりません。
●過去におけるロシア軍の領空侵犯
まず今回の事件は、10月初旬にロシアがシリアに対して空爆を開始した後、ロシア軍の飛行機が幾度かトルコの領空を侵犯したという、そういう過去があります。ある時などは、Su‐30(スホイ30)などをはじめとしたロシアの空軍機が5分以上にわたってトルコのF‐16をレーダー照射した(ロックオンした)ということも伝えられています。
トルコとNATO(North Atlantic Treaty Organization 北大西洋条約機構)は、こうした行為についてすこぶる危険であると抗議し、NATO事務総長のイェンス・ストルテンベルグ氏は、トルコ南部への地上軍部隊の派遣さえ提案したほ...