●トランプ政権を相手に、貿易摩擦より心配したいこと
トランプ政権発足以来、新大統領の保護主義的な政策が非常に話題になっています。これは大事な問題ですが、マクロ経済的に見た場合、トランプ政権の通商政策よりもマクロ経済政策の方がもっと重要かもしれません。
保護主義的政策が好ましくないということは、以前に2回の講話で申し上げてきました(『トランプ政権と保護主義』シリーズ参照)。ただ、日米の貿易摩擦が非常に激しかった1980~90年代を見ても、日本とアメリカの貿易額や投資は減っておらず、むしろ増えています。
学生への講義でよく使う例ですが、今から10数年前の台湾の話で、陳水扁 (ちんすいへん)民進党党首が台湾の独立という方針を非常に強く打ち出し、中国からの反発によって選挙戦中には台湾海峡にミサイルが飛ぶぐらい、非常に厳しい政治状況となりました。当時、台湾と中国本土の間には、直航便の飛行機は一便もなかったほどです。それほど厳しい中でも、台湾と中国の貿易はどんどん増えていき、台湾の中国に対する投資は増えていったのです。
とはいえ、あまり楽観的な話はしない方がいいかもしれません。貿易摩擦は個別の企業・産業が非常につらい思いをしますし、マクロ的にも大きな問題でないとはいえないからです。しかし、最大の決定的な影響を及ぼすには至らないケースも結構多いのです。
そういう観点から見ると、当面トランプ政権が日本経済に及ぼす最大の影響チャネルはマクロ政策だといえます。トランプ政権になってから、正確にいうと選挙でトランプ氏が勝利してからというもの、ご案内のように為替がドル高の方にどんどん動いています。株で見ると、日本もアメリカも株価が上昇していく動きを続けています。今後これらがどう展開するのかということが、日本のマクロ経済政策にとっては非常に重要な意味があるのだろうと思うのです。
●政権交代で高まる「財政抑制・金融緩和」逆転への期待
よくいわれているように、トランプ政権の下でなぜドル高・株高になっていくのかというと、トランプ政権と前のオバマ政権で、マクロ経済政策のスタンスが大きく変わることへの期待が背景にあるためです。
簡単にいうと、オバマ政権の時代は非常に極端な金融緩和がありました。ベン・バーナンキ氏とジャネット・イエレン氏という二人のFRB総裁が、量的緩和やゼロ金利をやってきたのです。他方、財政政策に対しては抑制的でした。もちろん「オバマ・ケア」という形で社会保障の支出などを増やす動きもありましたが、例えば防衛費などもオバマ政権下では縮減していますし、財政をガンガン刺激するという形ではなかったのです。
だから、「財政抑制・金融の過剰な緩和」がオバマ時代のマクロ政策であるとすれば、トランプ政権に移った後の財政は多分間違いなく、大変に刺激的な政策になるだろうと思います。
●「財政拡張・金融引き締め」路線で、金利上昇・ドル高傾向へ
一つは共和党に共通した政策ですが、大幅な減税ということが今、いわれています。これはトランプ大統領も言っていますが、それ以上に議会の主流派である共和党の多くの人が求めているものです。
歳出についてはまだわかりませんが、トランプ氏がこれまでに明言しているのは「軍事費を増やす」ことです。選挙の中でそういう約束をすでに何度もしているので、防衛費は相当増えるだろうといわれています。それに加えて、インフラ整備についても選挙で明言していますから、そういう形での財政の歳出が増えていきます。
つまり財政は、減税と歳出増の両方で相当にアクセルを吹かせるだろうといわれており、これが予想の中に組み込まれた結果、長期金利が上がり始めているのです。
今後、本当に財政を吹かしてくると、アメリカ国内の物価はかなり上昇したり、賃金が上昇したり、さらに長期金利が上がってくる流れになるだろうと思います。
そうなると、金融政策は、インフレに行くのを抑える意味も含めて、金利を上げていかざるを得ないという流れになります。現に2016年12月の段階で、現在のイエレンFRB議長はトランプ氏の当選によるトランプ要素によって、2017年度の金利上昇ペースは、これまでより早くなるかもしれないという発言をしていたはずです。
2018年にはトランプ氏が新しい議長を指名するかもしれませんが、誰が次の中央銀行の総裁になったとしても、金融は金利上昇、つまり引き締め型でいくということになります。「財政拡張・金融引き締め」という組み合わせが、ちょうど前のオバマ政権とは真逆の流れになっていて、これが金利を上げてドル高をつくるということだと思います。
●世界の経済状況が、日本のデフレ政策を後押ししてくれる
日本から見ると、この政策は国内のデフレ対策にとっ...