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ついには母親殺しまで…暴君ネロのあえない最期

ユリウス・クラウディウス朝~ローマ史講座Ⅵ(4)ネロ(下)

本村凌二
東京大学名誉教授/文学博士
概要・テキスト
母を謀殺した後の皇帝ネロ
(ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス作、1878年)
16歳で皇位に就いたネロは、30歳で自殺に追い込まれる。15年足らずの治世で、「暴君」の名を決定的にした彼の後半生には何があったのか。早稲田大学国際教養学部特任教授の本村凌二氏にご案内いただく。(全6話中第6話)
時間:08:06
収録日:2017/08/07
追加日:2017/09/22
カテゴリー:
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≪全文≫

●家庭教師も母親をも殺害したネロ


 もともとは民衆たちに慕われていたネロは、ローマ大火以降、彼らの多くから反感を買うようになります。軍隊や元老院貴族は、彼の暴君的な態度が募ることに強く反発していきます。

 その間のネロの行状を見ていくと、目を覆うものがあります。例えばセネカですが、おそらくは目障りになったのでしょう。ネロは疎ましくなった彼を追放し、その後「自分に対する陰謀に加担した」との理由を捏造します。自分の周りから遠ざけていればそれでいいものを、それ以上に嫌になってきたのでしょうか。これにより、セネカは自殺に追い込まれるのです。

 さらにネロは、なんと自分の母親のアグリッピナをも殺してしまいます。アグリッピナはいろいろなことに介入してきていたのですが、直接殺したりするわけにはいきませんから、その殺し方については大変手が込んでいました。

 親子がともにナポリ近郊に滞在していた頃、ネロは母親を自分の別荘に呼び、宴会を催して、丁重にもてなします。そして、母親を湖の向こう側へ船で帰すわけですが、その船は沈没するように仕組まれていました。実際、アグリッピナが出航すると、どこかから水が漏り、船はどんどん沈んでいきました。

 ところが、幸か不幸か、彼女は非常に泳ぎがうまかったために、岸辺にたどり着いてしまいます。すると、そういうこともありなんというわけで、岸辺にはネロの手下たちが待ち構えていました。たどり着いたアグリッピナは、彼らに殺されてしまいます。ネロとしてはもっとうまくやりたかったのでしょうが、現実には自分の手下が刃を下す形で、母親を死に至らしめるのです。


●「反ネロ」の叫びのもと、あえなく最期


 その後、ローマ市中は「ネロは母親殺しだ」という落書きでいっぱいになります。母親まで殺してしまうような人物だということが分かり、ネロの人気は急落します。それは元老院貴族だけではなく、民衆やローマの軍隊からもです。最終的には、ローマ近郊の軍隊が反旗を翻したことが大きな原因となり、ネロは自害に追い込まれていきます。

 ただし、反乱を起こしたのはローマ軍の一部です。広い意味での軍隊では決してそうではなかっただろうというのが、われわれ歴史家の見方です。ネロがもう少し冷静にその動きを見て、他のローマ軍の動きも察知していれば、ある種、打つ手はあったのではないかと...
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