テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

快楽ほど有害なものはない!元老院から追放された男の教訓

キケロ『老年について』を読む(5)老年には快楽がないのは本当か

本村凌二
東京大学名誉教授/文学博士
情報・テキスト
『老年について』(キケロー著、中務哲郎翻訳、岩波文庫)
amazon
老年には快楽がないので「嫌だ」「寂しい」というが、本当か。そもそも「快楽ほど有害なものはない」、だからないほうがいい、そうキケロは書いている。ストア派もエピクロス派も基本的には「自分を解放する哲学」であり、解放したい欲望には性欲をはじめ、名誉欲や金銭欲などがある。快楽への戒めとして、大カトーは娼婦にうつつを抜かした男を元老院から追放したが、若い頃は難しくても、歳をとると自然とそこから解放できるようになるのではないか。また老年になると、飲み会の楽しみ方も変わってくるだろう。(全9話中第5話)
時間:10:20
収録日:2023/06/12
追加日:2024/02/03
≪全文≫

●快楽ほど有害なものはない――大カトーが元老院から追放した男の教訓


―― 続いて第3の理由は「老年には快楽がないのは本当か」として、快楽について論じています。快楽がないから「嫌だ」「さびしい」ということに反駁していくのですが、ここにもいろいろなことが書かれています。2つ読みます。

 「青年時代の悪徳の最たるものであった、まさにそのもの(=快楽)をわれわれから取り去ってくれるとは、歳をとることの何と素晴らしい賜物ではないか」

 「タレントゥムのアルキュータースは常々こう言っていた――。
 自然が人間に与える病毒で肉体の快楽以上に致命的なものはない。この快楽を手に入れるために、飽くことをしらぬ意馬心猿の欲望がかきたてられるからである。
 人間にはまた、自然からというか神様からというか、精神にもまして素晴らしいものは授けられていないのだが、この天来の賜物にとっては快楽ほど有害なものはない」

 ここで述べられているのは「快楽がなくて嫌だ」と言うけれど、そもそも快楽は害毒なのだからないほうがいい、という話だと思います。やはりストア派的な考え方が影響しているのでしょうか。

本村 よくストア派は「禁欲主義」、エピクロス派は「快楽主義」と訳されますが、両方とも基本的には「自分を解放する哲学」です。この「解放する」は、大きなところでは「欲望」です。一番の典型が性欲で、他に名誉欲や金銭欲などもあります。

 それらに対して、ある程度、距離を置く。まったく斥けようとすると無理が生じる。キリスト教などでも最初の頃、みんなで洞窟に行って修行することで、肉体的な欲望を全部消し去ろうとしました。でもそれを何人の人ができるのか、という話です。

 特に若いときは、肉体的な欲望が強いのは当然のことです。ただ、それを自制する気持ちを身につけることが一番大事で、「自分の欲望のまま」となれば、それは害毒になるし、自分にも害が及びます。

 若いときは、どうしてもセルフコントロールが欠けがちです。歳をとると、そこから自然に解放されるところもあるから、それはそれでいいではないかと。だから、ストア派にもエピクロス派にもあった自分自身が解放される感覚を、哲学の基本とするのです。

 人間を非常に大きく縛っているのが快楽や欲望だから、それを拭い去ってくれるものであれば、それはそれでいいというのが基本的な考えだと思います。

―― その意味では快楽がいかに悪いか、という劇的な例をカトーが挙げています。

 「快楽は熟慮を妨げ、理性に背き、いわば精神の眼(まなこ)に目隠しをして、徳と相渉(あいわた)ることは毫(ごう)もないからな。
 わし(大カトー)も、宴会の席で娼婦にせがまれるまま、死罪に問われて鎖につながれている男を1人、斧で刎(くびは)ねた男を、元老院から追放したことがある」

 飲み会の場で娼婦に「人を殺して」とせがまれ、実際に罪人を殺した男がいた。その男をカトーが元老院から追放したという事例です。快楽のため、娼婦との時間を楽しく過ごすために人を殺したことに対し、許されないとして追放した。 この元老院からの追放は、かなり重い刑でしょうか。

本村 元老院からの追放は、普通は国家に害を与えたり、不利なことをしたのが1つの大きな原因です。ただ、これは個人に対するもので、 だから例に出したのだと思います。元老院のメンバーを追放した。自制心がなくなると、どういうことをしでかすかという1つの例だと思います。


●老年になると飲み会の楽しみも変わってくる


―― 続いて、また宴会の話が挙げられます。今度は飲食の楽しみについてです。3つ読みます。

 「老年は宴会や山盛りの食卓や盃責めとは無縁だが、だからこそ酩酊や消化不良や不眠とも無縁なのだ。しかし、快楽にも少しばかり譲歩しなければならぬとすれば――(中略)いみじくもプラトーンが快楽を『悪への餌』と呼んだとおり、快楽の魅力に抗するのは難しいからだが――老年は破目をはずした宴会には縁がなくとも、節度ある酒席を楽しむことはできるのだ」

 「ただ年が進むにつれて、万事が日に日に穏やかになっていくのだ。わしはまたこういった饗宴の喜びを計るに際しては、肉体的な快楽より友との交わりや会話を基準とした」

 「実際わしは、会話の楽しみがあればこそ長丁場の饗宴でも楽しむのだ」

 宴会、饗宴についてのことがいろいろ書いてありますが、やはり歳を経るにしたがって、飲み会の楽しみは変わってくるのでしょうか。

本村 変わってきていますね、微妙に。

―― どのあたりが変わりますか。

本村 若いときはその場の雰囲気というか...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。