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ソクラテスが竪琴!? 老年から新しいことを始める柔軟性

キケロ『老年について』を読む(3)老年には体力がないのか

本村凌二
東京大学名誉教授/文学博士
情報・テキスト
『老年について』(キケロー著、中務哲郎翻訳、岩波文庫)
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歳をとって体力が衰えるのは、当たり前のことである。「老年には体力がないのか」という問題設定に対してカトーの答えは、肉体的なことは若い頃に適わなくても、自覚的に精神を磨いていけば、歳をとってから優れた才能を発揮することもできる、というものだ。よって、大事なのは体力が衰えたときのために備えておくことである。また、「組織に属さない自分に何ができるか」を考え、鍛練しておく必要がある。組織を離れれば、自由な時間ができる。歳をとってからでも、新しいことは始められるのだ。(全9話中第3話)
時間:12:11
収録日:2023/06/12
追加日:2024/01/20
キーワード:
≪全文≫

●体力の衰えは、別のことで補えば問題ない


―― 続いて第2の理由は「老年には体力がないのか」という問題設定になっています。ここでまたカトーの言として、非常に印象深いことが語られています。

 「今、青年の体力が欲しいなどと思わないのは、ちょうど、若い時に牛や象の力が欲しいと思わなかったのと同じだ。在るものを使う、そして何をするにしても体力に応じて行うのがよいのだ」

 さらに、「クロトーンのミローンの言い種ほど見下げ果てたものがあろうか」と言い、1つのエピソードを出しています。

 「この男は、既に年寄ってからのことだが、運動場で選手たちが鍛錬しているのを見て、己の腕をまじまじと見つめ、涙を流しながら、『ああ、俺の腕は早(はや)死んでいる』と言ったそうな」

 このような力の部分。確かに筋肉は衰えるけれど、それを嘆くことを「なんということだ」と言っている。このあたりの体力と老年の感覚については、どのようにお感じですか。

本村 クロトーンのミローンとは、いわゆる運動競技、オリンピックか何かで何度も優勝しているような人です。だから若いときの自分の運動能力に対して、かなり自信を持っています。それがだんだんできなくなり、体力がみるみる衰えていくのを嘆く。それはカトーからすれば、「そんなこと当たり前だろう」と(笑)。

 スポーツ選手のような人たちは、例えば今のサッカー選手は30歳ぐらいになると、もう衰えます。野球選手も40歳近くになると、かなり衰えてきます。だから自分の体力が衰えたり、「こんなに筋肉もなくなって」などと嘆いても、カトーからすれば当たり前のことで、別のことで補うべく準備していれば問題ないと。その通りだと思います。

 野球選手にしても、選手としては有能だったけれど、管理職や監督としては大したことない人もいます。逆に(2023年)WBCの栗山(英樹)監督のように、選手としては大したことはなかったけれど、監督や管理職として優れた才能を持つ人もいます。

 一般に肉体的なことは若いときに敵わないことがたくさんありますが、精神的、経験的に蓄積してきたものは、本人が自覚して磨いていけば違うとカトーは率直に言っているのだと思います。


●「組織に属さないで自分は何ができるか」を考える


―― そういう議論をした上で、現代に生きるわれわれにも耳が痛いことをカトーが言い始めます。例えば、こんなセリフです。

 「鍛錬と節制があれば、老いてなお往時の頑健さを何がしか保つことができるのだ」

 「老年には立ち向かわねばならぬ。その欠点はたゆまず補わねばならぬ。病に対する如く老いと戦わねばならぬ。

 健康に配慮すべきである。ほどよい運動を行い、飲食は体力を圧し潰すほどではなく、体力が回復されるだけを摂るべきである。また、肉体だけでなく、精神と心をいっそう労らねばならぬ。この2つもまた、ランプに油を注ぎ足すようにしてやらないと、老いと共に消えていくからだ。肉体は鍛錬して疲れが昂ずると重くなるが、心は鍛えるほどに軽くなるのだ」

 これらは鍛錬の必要性を、まさに先ほどの記憶力と同じように説いています。このあたりの哲学は、カトーのどういうところから発するものでしょう。

本村 カトーに限らず、この時代、あるいは後の時代のストア哲学的な発想の基本から来るものです。体力的には人間は30、40あたりがピークになるのは当たり前のことです。それ以外、精神的なところで鍛えておくべきことがあるのではないかと。

 先ほどの話に(関連しますが)組織というか公の問題でも、これは個人の性格(に関係するわけ)ですから。(実は)私は大学を辞めてホッとしています。もともとあまり組織に向かず、自由にやれるようになったのは全然問題ない。東大を辞めたとき、2年後に早稲田大学から話が来てしばらくいましたが、どちらかというと1人でいるほうが楽でした。そういう人間にとっては組織に属さないほうが、かえって有難い。だから、カトーの気持ちはよく分かります。離れてこそ自由になり、自分の好きなこともできますから。

 そのときに1人の人間としてできるような力を身につけておかないと厳しい。組織を離れるわけですから、今までのように「部長だから」「社長だから」と奉られなくなります。私は今70代で、周りの同窓生を見ても、男性のほうが一般的に元気はありません。組織を出たものですから。

 友人には男性も女性もいますが、女性の友人のほうが元気です。飲んでいると、男性がいない席で「うちの亭主は毎日朝から起きて、テレビばっかり見て…」などと悪口...
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