●引退後に『老年について』を書いたキケロとはどんな人物なのか
―― 皆さま、こんにちは。本日は本村凌二先生に、キケロの『老年について』の講義を賜りたいと思います。本村先生、どうぞよろしくお願いいたします。
本村 こちらこそ。
―― キケロの『老年について』は岩波文庫だと、けっこう薄めの本ですね。
本村 そうですね。
―― 今日なぜこの講義を撮るかですが、この本は基本的に登場人物のカトーが、老年が惨めになると思われる4つの理由を挙げ、それぞれに反駁し、「老年とは非常に充実できるものである」と説いたものです。これは現代的な問題としても驚くぐらい使える内容で、身に覚えがあることばかりです。
この本について、先生はどのようにお感じですか。
本村 「人生100年」という時代になりましたから、定年退職が65歳や70歳ぐらいになって、その後35年とか30年ぐらい生きなければいけない。老後の心の持ち方を普段から気をつけておく必要があります。その場になって気をつけられることではありません。やはり中年ぐらいになったら、少しはそういう心構えが必要ではないか。キケロの本を読んでも、そのように感じました。
―― では順次見ていきますが、まずは著者のキケロです。手短にご紹介いただくと、どのような方でしょう。
本村 ローマ史の中では大変な弁論家であり、哲学者です。政治家でもある。ちょうどカエサルと同時代で、6歳ぐらい年上です。ところが周りにポンペイウスやカエサルなど錚々たる人物がいるから、政治家として本当のトップまで行けなかった。けれど、非常に弁論がうまい人ですから、それを成し遂げた。それからたくさんの著作を残したので、圧倒的に知名度が高くなった。
(キケロやカエサルが生きた)紀元前1世紀は、ローマが共和政から帝政へ変わる大きな節目の時期です。カエサルを中心に論じるか、キケロを中心に論じるかで、すごく姿が変わります。
大きな要因として、19世紀のローマの歴史家で唯一ノーベル文学賞をもらった、テオドール・モムゼンがいます。彼が非常にカエサルを絶賛して、キケロを酷評しています。それが大きく影響していて、キケロに対する評価は、特に歴史家の間では高く評価しない傾...