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経営者はステイクホルダーに方向性を示さなければならない

比較制度分析とは何か(2)企業とステイクホルダー

谷口和弘
慶應義塾大学商学部教授/南開大学中国コーポレート・ガバナンス研究院招聘教授
情報・テキスト
フォードT型(1910年)
比較制度分析の創始者、青木昌彦教授は企業をステイクホルダーの連合体として捉えていた。経営者はステイクホルダーに対してビジョンを提示し、制度的補完性のある組織をデザインしなければならない。慶應義塾大学商学部教授の谷口和弘が、比較制度分析から見たフォード・システムについて解説する。(全5話中第2話)
時間:12:02
収録日:2017/11/02
追加日:2018/01/28
≪全文≫

●企業は資源の集合体であり、経営組織である


 企業に関しては、エディス・ペンローズという経済学者が、別の角度から大切な指摘をしています。彼女はテンミニッツTVで以前お話した、「ダイナミック・ケイパビリティ」という戦略経営の分野において重要な学者です。

 彼女は1959年に『会社成長の理論』を書き、戦略の分野に非常に大きな影響を及ぼしてきました。ロナルド・コースは企業を権限メカニズムとして分析しましたが、彼女によると、企業は資源の集合体、さらには経営組織だということになります。経営組織ですから、経営者は資源配分を行わなければなりません。私たちはよく企業を人・物・金・情報として捉えますが、これは暗黙のうちに、資源の集合体だという見方を共有しているということです。

 資源はステイクホルダーと呼ばれる人々から集められます。ステイクホルダーとは、株主や従業員、経営者です。株主は企業に対して資本を提供し、従業員は労働力を提供します。そして、経営者は専門的な経営能力を提供します。こうした形で企業の活動に対して影響を与え、企業の活動からも影響を受ける、そうした主体のことを総括して、ステイクホルダーと呼ぶわけです。


●企業はステイクホルダーの連合体である


 青木昌彦教授も企業について考えていました。それは比較制度分析のまさに嚆矢(こうし)となる見解です。1984年の『現代の企業』という著作では、比較制度分析という言葉は使われていませんが、企業や経営者の役割が論じられています。青木教授によれば、企業はステイクホルダーの連合体です。

 そこでは経営者の役割は、中立的なコーディネーターです。ステイクホルダーが協力することによって、何らかの便益が生まれます。専門的な用語では「組織準レント」と呼ばれますが、その分配をめぐる交渉の場が企業だというのです。経営者はその分配に当たって交渉役や分配役を果たしているということです。青木教授の研究の非常に面白いところは、経営者がそのような役割を果たした結果、ステイクホルダーの連合体としての企業には、いろいろな形が出てくるということを示した点にあります。

 従来の経済学では、株主主権が中心的な考え方でした。株主がレントを非常に多く取るものとして考えられていました。しかし、こうした株主主権の新古典派型に対して、経営者がレントを取るものと考える経営主義というタイプもあります。これは、法学者のアドルフ・バーリと経済学者のガーディナー・ミーンズによる共同の実証研究が打ち出した考え方で、今のコーポレートガバナンス研究の嚆矢になったものです。他方で、労働者がレントを取るような労働者主権型、労働者管理型のタイプもあるでしょう。

 このように、企業の在り方にも複数の均衡が考えられるということを示した非常に重要な研究が、青木教授の1984年の『現代の企業』という著作でした。比較コーポレートガバナンス研究の出発点になったといっても過言ではないでしょう。

 新古典派経済学や法学分野では、株主は残余請求権者だと考えられています。残余とは、企業の総収入から負債や一連の経費を取り除いた後に残る、純収益のことです。残余の権利を持っているのが株主だというわけです。

 しかし、従業員にフォーカスした場合、従業員は特定の企業でしか使えない技能や知識を形成します。こうした技能や知識は「関係特殊投資」と呼ばれますが、関係特殊投資を行う従業員は企業の生成にとって非常に重要な役割を果たしています。したがって、株主だけが残余請求権者なのではなく、従業員もまた残余の供給に対して正当な権利を持っているはずです。これが青木教授や、法学者のマーガレット・ブレア教授が主張してきたことでした。


●経営者はステイクホルダーに方向性を示さなければならない


 経営者は専門的な能力を持っていますが、特に重要な点は、必要な資源を提供してくれるステイクホルダーに対して、何らかの方向性を示すということでしょう。ビジョンや戦略を策定したり、組織やビジネスモデルをデザインしたりといった、一連の経営機能を果たさなければなりません。

 中でも重要なのは、ビジョンです。ソニーが東京通信工業として始まった時に、井深大は、エンジニアのための理想工場を造ると述べました。ヘンリー・フォードが自動車会社をつくった時にも、自動車をできるだけ普及させるために、安い車をつくることを考えていました。あるいは、松下幸之助の水道哲学も大きなビジョンです。物を大量に製造してコストを安くし、貧困のない社会を目指すという、非常に大きなミッションでした。こうしたビジョンのおかげで、いろんな人たちの意思決定が調和していき、彼らの資源が価値創造に貢献できるよう仕向けられるわけです。

 つまり経営者は、ゲーム...
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