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日本画の余白とは、見手が入り込む隙を作ること

日本画を知る~その技法と見方(2)余白のあり方

川嶋渉
京都市立芸術大学 美術学部日本画研究室 教授
情報・テキスト
「水鏡」 川嶋 渉
日本画家で京都市立芸術大学美術学部日本画研究室教授・川嶋渉氏が、日本画の世界について語る。川嶋氏は日本画において「余白」というものが非常に重要だと言う。しかし、余白とは単に白い部分、絵が描いていないということではない。では、一体どうすれば見る人の共感、感動を誘う余白を生むことができるのだろうか?(全3話中第2話)
時間:07:36
収録日:2017/11/13
追加日:2018/01/30
カテゴリー:
≪全文≫

●余白とは、全てを描ききらずに隙を作ること


 私が描く日本画の中で大切にしている言葉のうち、「余白」があります。これは日本画の中でよく使われる言葉で、例えば白い部分であるとか、絵が描かれていない部分というような意味を持つのですが、私は別の解釈を持ち込んでいます。この余白とは、実は絵が描かれている、描かれていないということと関係なく、見手の気持ちが絵の中にすっと吸い込まれていくとか、「これはどうしているのかなぁ」などと、見手が絵の中に一緒に参加していけるような余地があるかどうか、ということだと考えています。

 もしくは、絵の中に「隙」があるかどうかということを、実は私は意識しています。隙のない真実を事細かく写し取ったもの、いわゆる写実的にいくと、どうしても余白の部分が無くなっていきます。情報で埋め尽くされていく、という感じですね。そうすると、見手は、絵かきが見たものを「そうだったんだ」というように強制的に見せられるということになり、それに共感できる人もいますが、なかなか共感できないということも、実は起こるのです。私の考えている余白とは、絵の中に隙を作るということです。隙を作り、その中に人の気持ちがすっと寄り添えるような余白を作ることを意識しています。

 では、どうやって余白を作るのかということですが、「全てを描ききらない」ということを気をつけています。10割我を通せば非常に力強い作品になるということは百も承知ですが、私は大体6割ぐらいを目指しています。あとの4割は見手の皆さんの経験と私の絵の中に描かれているものが、頭の中ですっとつながることで、6割の表現が8割、9割、もしくは10割に到達していく。その行為が、日本画で今まで大切にしてきた余白のあり方ではないかと思っています。


●タイトルも重要な要素


 この作品を見てください。真ん中に墨で何やらぼんやりとした形がどんとある。真ん中にすっと一本の線が引いてある。その線の上に、ちょん、ちょん、ちょんと丸い粒が配置されている。画面にはそれだけしか描かれていません。それ以外のところは白くほったらかしです。一見すると、何か抽象絵画のように思えますが、タイトルにヒントがあります。絵かきが使える言い訳の一つとして、タイトルがあります。絵で説明するということではなく、タイトルでヒントを与えていくということも、私は大切にしています。

 この作品には「水鏡」というタイトルがついています。まずは絵で「何が描いてあるのだろう?」と思って近づいていき、「ん~」と思った後、お客さんは必ずタイトルを見ます。そうすると「水鏡」と書いてあります。そこで「ん?」と思って、もう一度画面に目をやると、「あぁ、なるほど」というような共感が得られます。真ん中にすっと引かれている線が水面の線なのです。そして、一つの大きなしみだと思っていたその線の上の部分がどうやら景色のように見えてくる。線よりも下の部分は、景色が水に映ったように見えてくる。線のところにちょん、ちょん、ちょんと粒が配置されているのが、人の営みの灯りや岸辺にある何かが水に映っているというような景色に見えてくるのではないでしょうか。


●光と影を持ち込んだ新しい日本画のチャレンジ


 もともと日本画は、もちろん中国から伝わってきましたが、特徴として光や影をあまり描かないということが挙げられます。ものの本質に迫るということを目標にしていたので、例えば、水の上に舟が一艘、ぽかっと浮かんでいるとします。その舟は必ず水の上に影を作るのですが、東洋画の中に出て来る水辺に浮かぶ舟は、その下に影を持たないのです。絵かきが光と影、特に水面に映る岸辺を描くようになったのは、おおよそ明治以降、西洋から光と影という表現が入ってきてからになります。

 東山魁夷先生が、私が描いている「水鏡」と同じような題材で、水辺に映る森を描いていらっしゃいます。これは今までに無かった表現のチャレンジの一つだと思います。近代日本画の中で西洋の影響をうんと受けて、今まで描かなかった影というものを意識して、では今、どうやって描いていけばいいのだろうか。西洋画のようにあるがままに影を描いていくのではなく、装飾的に展開してきた日本画の世界に、新しくどうやって光と影という要素を入れていくか。このようなことにチャレンジした作品になっています。


●見手の共感を呼び起こす日本画の余白のあり方


 作品を見ると非常に抽象的ですが、タイトルをふと読むと皆さんの経験の中にある景色とその絵がうまくつながった人の中には、非常に大きな共感が生まれてきます。多くを描かないで、6割程度で抑えておく。そういった中に、見手の「これはなんて描いてあるんだろう?」もしくは「何が描いてあるんだろう?」という興味がわいてきます。興...
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