●「働く」という営みを考える
さて、次に働くことそのものを考えてみたいと思います。
働くということは、「何のために生きるのか」という問いの答えを絶えず出そうと探究する営みである。もっといえば、働くことは自分が生きている証を刻み込んでいく、そのようなものではないかと私は思っています。私たちは働くことを通じて社会の一員に成長し、そして、多くのことを次の世代に引き継いでいく、そんな役割も持っているわけです。
加えて、働くことはもちろん生活の糧を得ること、あるいは生産性を上げ、効率性を上げ、自分の組織や企業を発展させることではありますけれども、当然それだけではないと私は思います。働くことを通じて人と人がつながる。人と人がつながれば、その組織や企業は社会や地域とつながっていく。社会や地域と組織や企業がつながれば、社会の課題を解決していく。こういうことが働く営みではないか。もっといえば、新しい価値を創造していく。そのようなことが働くことの大きな一つの価値ではないかと私は思います。
●ブリッジをつくる、よりどころとなる
そのように、働くことはブリッジ、橋を造っていくということに置き換えられるかもしれません。その過程の中で私たちは自分の成長を促したり、あるいは自己実現ができれば、なお一層働くことに価値が生まれると思います。
そして、何よりも重要なことは、さまざまな困難を抱えていて働きたくても働けない、そのような状況に陥ったときでも、尊厳を持って社会の中で自立をしていけるように、みんなで支え合い助け合うことです。そういった行為も私は働くことに含まれると思っています。
また、働くという場は単なる仕事をする場ではなく、自分の存在を確認するよりどころ、居場所ではないかと思います。昨今、企業も組織も余裕がなくなり、よりどころ、居場所がだんだんとなくなっているのかもしれません。しかし、人生の大半を占める仕事を行うところはぜひよりどころ、居場所であってほしいと思います。
●働くことは尊厳を持った「ディーセント・ワーク」
そのように、働くことは重要ですから、尊厳が非常に求められます。つまり労働の尊厳です。前回紹介しました国際労働機関(ILO)のフィラデルフィア宣言が第1に採択したのは、「労働は商品ではない」ということです。私たち一人一人は労働力A、労働力B、労働力Cではなく、生身の人間であるAさん、Bさん、Cさんが営んでいるということなのです。それぞれの背景を抱え、それぞれの環境を抱えたAさん、Bさん、Cさんが労働をしている、働いているということです。労働は商品ではありません。これは、私たちが再確認をしなければならない非常に重要なワードではないかと思います。
そのように働くことに最も重要な価値を置くからこそ、働くことは尊厳を持った「ディーセント・ワーク」でなければなりません。ディーセント・ワークは、1999年に国際労働機関(ILO)の実質責任者である事務局長に立候補したファン・ソマビアというチリの方がこれからの活動の指針として出した言葉です。今、正式な和訳は「働きがいのある人間らしい仕事」となっています。
●ワーク・ライフ・バランスと働き方改革
私たちは働くことに最も重要な価値を置くため、働くことは尊厳を持ってディーセント・ワークでなければならない。そのため、私たちも働くことだけに役割と責任を果たすのではなく、地域でも家庭でもきちっと役割と責任を果たさなければならない。そうした時代に来ているのです。だから、ワーク・ライフ・バランスが重要なのです。
ワーク・ライフ・バランスは、もちろん本人の心身を守るということもありますけれども、今の成熟社会の中では地域や家庭でも役割と責任をきちっと果たすべく、それを整える必要があるということです。もう一歩踏み込めば、日本の働くモデルはまだ男性中心、正社員、長時間労働が働き方モデルになっています。だから、いくら全員参加型社会、あるいはダイバーシティや女性の活躍だといっても、それらの働き方は皆、例外になってしまうのです。まず男性中心、正社員、長時間労働の働き方モデルを壊していく。そのためには労働時間を減らすという取り組みがまず第一歩で、それが働き方改革なのだと私は思います。
また、働き方改革は労働時間だけでなく、当然のことながら業務や経営のやり方の改革でもあります。ここまでやらなければ、私は働き方改革が本当の意味で完成したことにはならないと思っています。
●「働くこと」につながる5つの橋と3つのインフラ
そのような意味で私は働くことにつながる5つの橋を架けるべきだと思います。1つ目は教育との橋です。平等な教育を受ければ、橋を渡ってスムーズに働く場に着くことができる。働いていて、もう一...