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東京五輪に向けて注意すべきテロの形

テロ対策の理論と実際(5)日本でのテロの事例

片山善雄
元・防衛省防衛研究所 防衛政策研究室 主任研究官
情報・テキスト
これまで日本では、どのようなテロが起きてきたのか。2020年東京オリンピックに向けて警戒すべきテロはどのようなものか。防衛省防衛研究所防衛政策研究室主任研究官の片山善雄氏は、日本で過去に起きたテロの事例を振り返り、イスラム過激派によるテロよりも怒れる老人によるテロに警戒を促す。(全6話中第5話)
時間:08:34
収録日:2017/12/08
追加日:2018/03/11
≪全文≫

●オウム真理教にはまだ警戒し続ける必要がある


 わが国のテロ事情についてお話しいたします。戦前には、特にはっきりした思想的、イデオロギー的な動機は持っていないけれども、何らかの事件に刺激を受けたとか、あるいは誰かに触発されたとか、先導されたとか、そういったテロ事件がありました。

 例えば、1921年の原敬首相暗殺事件や1930年の濱口雄幸首相狙撃事件です。浜口首相狙撃事件では、当時問題になっていた統帥権干犯に対する異議申し立てのため、犯人は首相を狙撃しました。しかし取り調べをしていく中で、犯人が総帥権干犯とは何かを全く理解していなかったことが判明します。このように、思想的な深みはなく、欲求不満のはけ口としてテロを起こすということが、戦前にもありました。

 戦後には、1960年代から80年代にかけて連合赤軍や日本赤軍などの極左によるテロ事件がありました。ただし、これは一過性のものです。当時はやっていた学生運動や反戦運動からいわゆる「卒業」することができなかった者が、イデオロギーにこだわって事件を起こし続けたのです。現在でも、残党は何名かいますが、一番若い人でも60代後半です。

 その後は、オウム真理教などの、いわゆるカルトによるテロがあります。オウム真理教は、わが国初の生物テロ、化学テロを行いました。現在は厳重な監視下にありますが、しかし若い世代では、オウム真理教のことを知らない人が多くなっています。大学などでは、オウム真理教の一派であるということを隠して、健康増進サークルや瞑想サークルを装って、カルトが学生を集めようとしているという事例があります。まだ警戒し続ける必要があるでしょう。


●社会に反感を抱き、認めてほしいという欲求から事件を起こす


 現在のわが国のテロ事情ですが、率直に申しますと、日本は極めて安全な国です。もちろん社会が安定しているからですし、当局がしっかりと警備しているからでもあります。オーストラリアのシンクタンク、経済平和研究所が発表した2015年版の世界テロ指数、グローバル・テロリズム・インデックスでは、日本は最下位の124位です。非常に名誉ある最下位です。日本はこのようにテロからは安全な国ですが、やはり気になる事案はあります。

 テロといっていいかどうか分かりませんが、組織化されていない、単独犯による殺人事件が起きているのです。思想的背景は希薄です。浜口首相狙撃事件や原首相暗殺事件といった戦前のテロに似ています。例えば、2008年の土浦殺傷事件、秋葉原殺傷事件では、動機は政治的には深くありませんが、社会に対して反感を抱き、自分を認めてほしいという欲求を持った人が、事件を起こしました。

 また近年では、2015年の新幹線放火事件、2016年の相模原の障害施設襲撃殺傷事件、杉並区火炎瓶投てき事件、宇都宮連続爆破事件も起きています。これらも政治的な背景は非常に希薄です。しかし、自分は世間から認められていないと不満を持ち、大きな事件を起こして認めさせてやろうと、いわば承認欲求を抱いて犯行に及んでいるのです。


●日本には虐げられたイスラム教徒集団が存在しない


 日本で、暴力的ジハード主義者のいわゆるイスラムテロが起きたことがあるでしょうか。わが国は、海外で武力行使を行って人を死亡させたことはありません。アルカイダやIS(イスラミックステート)による脅迫声明はありますが、日本国内で彼らによる事件は起きていません。アルカイダ関係者が潜入していたことはありましたが、それは資金獲得などが目的であり、事件を起こすためではなかったと思われます。

 ただし、イスラム関係とおぼしきテロは起きています。1991年、『悪魔の詩』という小説が、預言者ムハンマドを冒瀆しているとして、その小説を日本語に翻訳した大学教員が、首を切られて死亡するという事件がありました。この事件は、迷宮入りです。しかし、首を切って殺害するという手口からして、日本人の犯行ではなく、やはりイスラム教徒の犯行ではないかと疑われています。しかし1991年のこの事件以来、イスラム関係とおぼしきテロ事件は起きていません。

 ヨーロッパと日本の大きな違いは、日本には虐げられたイスラム教徒集団が存在しないということです。わが国にも、推定10万人のイスラム教徒がいます。しかし彼らの多くは、日本でビジネスを行ったり、勉強したりして、日本での生活に満足していたり、また、地域住民とも良好な関係を築いています。したがって、テロを起こすような動機はないし、またテロを起こすような土壌もないのです。


●暴力的ジハード主義者よりも、怒れる老人に注意すべきだ


 2020年の東京オリンピック・パラリンピックを、いかに成功させるかということが問題となっていますが、その際に警戒すべきテロは、どのようなものでしょうか...
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