テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

テロに備えた安全対策で必要不可欠なこと

テロ対策の理論と実際(6)東京五輪に向けて

片山善雄
元・防衛省防衛研究所 防衛政策研究室 主任研究官
情報・テキスト
2020年東京オリンピックを安全に開催するために、市民には何ができるのか。組織委員が今後検討すべき安全課題とは何か。防衛省防衛研究所防衛政策研究室主任研究官の片山善雄氏が、不審物・不審人物の通報によってテロを未然に防いだ事例を紹介し、市民にできるテロ対策について解説する。(全6話中第6話)
時間:08:29
収録日:2017/12/08
追加日:2018/03/12
≪全文≫

●巨大都市は、それ自体脆弱な性質を持つ


 オリンピックでは具体的に、どのようなことを考えるべきでしょうか。まず、東京は巨大都市です。巨大都市は、それ自体脆弱な性質を持っています。経済性を追求するということは、それだけ組織が脆弱になることを意味します。高層ビルや広範な地下施設の存在は、それだけで人命を奪うことはなくても、社会全体の混乱を容易に引き起こします。インフラのどこか一点に対する攻撃だけで、社会全体がまひし得るのです。

 「マスギャザリング」の問題もあります。一定期間、限定された地域に同一目的で多くの人々が集合することを、「マスギャザリング」と呼びます。これ自体が危険な状況です。このような人々は、興奮していることが多いです。特にオリンピックの場合はそうでしょう。何かあるとパニックに陥って、考えられなかったような騒ぎが起こる可能性があります。そこで、テロ対策はもちろんのこと、いわゆる雑踏警備も必要でしょう。

 さらにオリンピックの時期は猛暑です。オリンピックは7月24日から8月9日、パラリンピックは8月25日から9月6日まで開催されます。東京では、最高気温が35度を超す可能性もあります。恐らく、熱中症の患者さんで、救急医療がフル稼働していると思われます。このようなときに、爆破事件が起きればどうなるでしょうか。事件を想定し、熱中症対策とともに、爆破事件対策もしておかなければなりません。


●ドローンやサイバー攻撃も警戒すべきである


 オリンピックとテロといえば、1972年のミュンヘンオリンピックの選手村襲撃事件が思い浮かびます。こうした事件は、東京オリンピック・パラリンピックではまず起きないだろうと考えられます。なぜなら、今では当時と違って厳しい警備が敷かれているからです。選手村に銃を持って入るということは、まず考えられません。

 しかし、マラソン会場の爆破は大いにあり得ます。2013年のボストンマラソン事件のようなものです。沿道の観衆全てをチェックすることはできないでしょう。さらに、ドローンによる攻撃やサイバー攻撃も警戒しなければなりません。ロンドンオリンピックではサイバー攻撃による停電の脅迫がありました。ドローンは落とすことはできても、無事に着陸させる技術は今のところはありません。しかし例えば、爆発物を搭載してドローンを飛ばすということは考えられます。これをどう防げばいいでしょうか。深刻な問題です。

 テロ対策と経済効果とが一致しない場合も多いでしょう。東京オリンピックのスポンサーに話を聞くと、何か事件があっても即刻中止にしないで、スポンサーも協議に加えてほしいといっていました。その気持ちはよく分かりますが、人命がかかっている以上、スポンサーのことを考えているよりも、やはり組織委員会が警察の意見を聞いて、安全第一で判断すべきでしょう。


●不審なものがあれば通報するという習慣が大事だ


 このようにドローンやマラソン会場には危険性がありますが、何といっても大事なことは、市民の方々の協力です。不審者や不審物の発見は市民の協力なしには不可能です。現在の日本では、明確なテロ組織が存在せず、ほとんどは単独犯の犯行、しかも政治的に深みのない人間が事件を起こすかもしれないとなると、不審人物の発見は困難です。そこで、市民の皆さんの協力が不可欠なのです。

 幸いにも、2007年の西武新宿線爆破計画について知っている方は少ないでしょう。もし実行されていれば、とんでもないことになっていました。大学院を修了したものの、就職先の見つからなかった男が、欲求不満で世間に恨みを持ち、職に就いている通勤客が乗った電車の爆破を計画したのです。

 計画が発覚したのは、薬局から警察に通報があったからでした。危険な薬品を必要以上に買っている人間がいると通報があり、調べてみたところ、自宅で爆発物を作っていたことが露見したのです。もし薬局からの通報がなければ、ラッシュ時の西武線が爆破されていたかもしれませんし、何十人という方々が犠牲になっていたかもしれないのです。これが薬局からの通報で防げたわけです。

 対照的なのは、2011年のノルウェー、オスロにおける政府庁舎爆破殺傷事件です。犯人はオスロの政府庁舎を爆破した後、島へ渡り、島でキャンプを開いていた人たちを銃撃しました。77名の人々が殺害されました。犯人が逮捕され、取り調べの過程で分かったことがあります。犯人が住んでいた周辺の住民は、その不審な行動に気付いていたのです。大量の農薬を、使いもせずに買い込んで、どうするつもりだろうと思っていたらしいのです。しかし、通報はありませんでした。

 もし、農薬をため込んでいる不審な人間がいると通報があれば、ひょっとしたら、77人の方々は命を失わずに済んだかもしれません。つまり、...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。