●法執行機関が主導し、軍事組織が支援する
次に、軍事組織によるテロ対策についてお話します。先に述べたように、治安維持と戦闘は異なります。テロ対策は当然のことながら予防、制圧、捜査、裁判においても、法執行の形を取るのが普通です。テロリストを制圧しさえすれば、何でもいいというわけではありません。そこに正当性を確保しなければならないのです。したがって、強力な武器がかえってマイナスとなる恐れも出てきます。
他方、軍を含めて、他の機関は、主務機関である司法機関や法執行機関を支援するのが基本です。他の機関、例えば軍事組織が警察に取って代わるということは、民主主義国ではあり得ません。よく縄張り争いが起きるのではないかといわれますが、それはあり得ないことです。あくまでも法執行機関が主導して、それを軍事組織が支援するというのが基本です。
武器の使用についても、人権の面で厳しい制約がかかります。これは治安維持行為である以上、当然のことです。治安維持行為と戦闘は大きく違うのです。戦闘では武器の使用に制限はありません。敵の人権を考える必要はないのです。それどころか、一般市民を巻き込むということもためらいません。しかし、法執行は違います。武器の使用や人権の制限がどこまで可能かということを判断できるのは、やはりプロである法執行機関なのです。
●「警察は内、軍は外」というすみ分けがなされている
ここで、軍事組織が治安維持活動を行う場合の注意点を見てみましょう。
第1に、先進民主主義国では、均衡抑制原則、つまりチェックアンドバランスが確立されています。民主主義国では、一つの組織に権力を集中させないということが原則です。例えば、三権分立では、司法・立法・行政がそれぞれにバランスを取り合って、過度の権力が集中しないように設計されています。国家の実力組織である警察と軍についても同様です。警察は国内での権力行使、軍隊は外敵に対しての権力行使、すなわち「警察は内、軍は外」というすみ分けがなされています。
日本では、過去において、軍隊が国内で暴走した残念な事例がありました。ドイツでも同じです。しかしまた、イギリスやフランス、アメリカも同じような経験をしてきました。つまり、軍隊が国内で強制的な活動をするということに、非常に慎重になっています。
第2に、軍事組織が治安維持活動を行う際には矛盾があります。もともとは敵の殲滅を目的とし、最大限の武器の使用をその構造原理としている組織が、しかし治安維持活動においては最小限の実力行使にとどめなければならないからです。
ところが、頭の中では分かっていても、いざ行動すると、つい敵の殲滅を専門とする組織による弊害が起きてしまう場合があります。例えば、イギリス軍の北アイルランドにおける活動がその事例です。したがって、武器の使用に関して、軍事組織は慎重にならざるを得ません。
●軍の活動の主たる目的は抑止である
各国では、軍が治安維持活動を行う場合、警察の指揮や統制を受けて行うのが定石です。これが先ほど述べた、「警察は内、軍は外」の原則の帰結です。強制力を行使する活動では、人権への影響が大きいため、指揮系統は一元化すべきであるし、警察が軍の行動についても責任を取るべきだという考え方が、一般的です。
むしろ、軍の活動の主たる目的は見せること、抑止です。ニュースなどでも、迷彩服を着て銃を持った軍人がパトロールしている光景が報じられます。これは、事件を起こさせないようにするための抑止行為です。ただし、抑止行為も必要以上に一般市民を刺激するものであってはなりません。あるいは逆に、「どうせ銃を持っていても使わないんだろう。だからからってやろうか」と、軍人を挑発する人もいます。フランスではこれが問題になっています。
軍の活動としては、輸送や偵察、通信等の後方支援活動を行うことが多いです。なぜなら、このような活動は国民に強制力を行使する活動ではないからです。
●イギリスでは、軍隊の出動は警察の要請が前提となる
では各国は、軍をどのように利用しているでしょうか。フランスの場合、各県の知事が警察の責任者を務めています。警察の責任者である県知事の要請があって初めて、フランス軍はテロ対策として国内で出動することが可能になります。何を行うかは、あらかじめ書面できっちりと決められています。
イギリスでも、軍隊の出動は警察の要請が前提です。軍の部隊は、警察の指揮統制下に入ります。具体的に何をするかは、現場の警察の指揮官が判断します。2017年にマンチェスターでコンサートホールの爆破事件があった時、首相官邸のホームページでもこのことがはっきりと書かれていました。つまり、軍隊は出動するが、あくまでも警察のコント...