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テロへの備えは「カメレオンのように」、前も後も見ること

「テロ」とは何か(1)欧州人テロリストの実態

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授
情報・テキスト
今年5月下旬の伊勢志摩サミット、2020年の東京オリンピック・パラリンピックといった大きな国際イベントの成功に向け、本腰を入れたテロ対策が始まっている。パリやベルギーで起こった同時多発テロの状況を見ても、それが日本政府にとって非常に重要な課題であることは言うまでもない。歴史学者・山内昌之氏が提言するように、この機会に私たちも「テロとは何か」を考えてみたい。(全4話中第1話)
時間:09:23
収録日:2016/04/05
追加日:2016/04/25
タグ:
≪全文≫

●テロへの心構えは「カメレオンのように」


 皆さん、こんにちは。まもなく5月に伊勢志摩サミットが始まろうとしています。また、2020年には東京オリンピック・パラリンピックの大きな大会が開かれます。こうしたタイミングの今こそ、「テロとは何か」や「テロをいかに防止するのか」といった問題が日本の国民にとっても大変大きな関心事になってきているかと思います。

 それを私たちに痛感させたのは、2015年1月の「シャルリー・エブド」雑誌社の襲撃テロ、同年11月のパリにおける同時多発テロ、さらに今年3月のブリュッセルにおけるテロといった一連の事件に他なりません。これにより、欧州の複合危機は中東の複合危機と並んで、私たちにとって大変大きな関心事になってきていたのです。

 アフリカの東側にマダガスカルという島があります。ここでは、「カメレオンのように動け。前を見よ。そして後ろにも目を凝らせ」ということわざが用いられます。テロに対する私たちの心構えを示すものとして、このマダガスカルのことわざは、誠に適切だといえるでしょう。


●局地ではなく世界危機の様相を呈する複合危機


 4月1日に終わった核安全サミットにおいて、アメリカのバラク・オバマ大統領は、過激派組織イスラム国(IS)の核テロを許さない決意を内外に公言しました。また、昨年1月のパリ週刊誌襲撃テロから今年3月のブリュッセル同時テロに至る間に、フランスのフランソワ・オランド大統領をはじめとするヨーロッパ各国の首脳たちからは、「われわれは戦争状態にある(We are at War)」といった発言が相次いでいます。

 通常の国家間の関係においては、仮に緊張状態が高じても、国際政治でいうところの「核抑止力」が効くことが普通です。ところが、問題は、核物質テロを防止する方策が、まだ未知の世界に属しているという点です。結局、21世紀の現代社会においては、かつて私も10MTVでお話ししたように、「ISと国家間のポストモダン型・ハイブリッド型の戦争終結に即効薬はない」というのが、私たちの直面している現状です。

 私たちは伊勢志摩サミットをどのように成功させるのか。あるいは来るべき東京オリンピック・パラリンピック大会を、いかに平和裡に世界の人々に向かってアピールし、安全に運営していくのか。こうした点で、日本が大切にすべきは、現在の北朝鮮を中心とする北東アジアの緊張状態に加えて、シリア戦争などの中東危機にヨーロッパの複合危機が結び付き、グローバルな複合危機が世界危機として登場していることに、きちんと目を向けることであろうかと思います。


●「欧州人テロリスト」を育てたヨーロッパ


 さて、トルコやエジプトにおいて頻発するテロの下手人は、たしかにISに影響されたアラブ人やトルコ人に他なりません。また、トルコの場合には、下手人の中にクルディスタン労働者党につながるクルド人がいることも、一部では確認されています。

 しかし、パリやブリュッセルのテロ犯たちのことを考えてみると、彼らは父や祖父の代、あるいはそれ以前の父祖たちの時代に移住してきた人々です。つまり、もともとは北アフリカや中東に由来するムスリムであったとしても、彼ら自身はヨーロッパで生まれ育っているのです。その意味で、彼らは「欧州人テロリスト」、すなわちヨーロッパが生んだテロリストであるということに注意しなくてはなりません。しかも、これら欧州人テロリストたちは、中東のISで3分の1を占める割合にのぼり、シリアとイラクにおいては、パリやブリュッセルの被害者よりもはるかに大勢の人々をテロと戦争で殺害している現状があります。

 テロや戦争の被害に遭った一般の平和なシリア人やイラク人市民とその遺族たち、ひいてはヨーロッパに出掛けざるを得なかった難民たちの身になれば、「自分たちこそ欧州人テロリストの犠牲者だ」と主張したとしても、一体誰がそれに反駁できるのか。そういう思いにも駆られます。

 もっとも、これからはヨーロッパに逃れた難民たちからもテロへの参加者が出ることは、残念ながら間違いないかと思われます。なぜならば、ISはその参加者(手下)たちにあえて難民に身をやつさせ、ヨーロッパに中東の戦争を輸出する戦略を積極的に描いているからに他なりません。


●アウトローはなぜイスラーム過激派に変貌するのか


 このような人々には、ヨーロッパや中東のどこで生まれたか、どこで育ったか、どこに国籍があるかなどに関係なく共通する、一つの大きな特徴があります。それは、アラブ人のいうところの「ムスリムのふりをする人々」に他ならないということです。

 同じ信者を無差別に殺し、権力を求めるあまり、もともとは普遍的な啓示宗教であった世界宗教のイスラームを、過激派の政治...
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